22人が本棚に入れています
本棚に追加
11時の開店時間と同時にバイトを上がった。 忙しくしている中だが、逆の時もあるためお互い様と言える。
「では、先に失礼します」
「おう、お疲れー。 イベント頑張れよー!」
どんな隙間時間でもバイトに入ることができる。 繁忙時間はボーナスがあるためそれ以外は時給は低くなるが、いつでもお金が稼げるため助かっていた。
―――で、俺はイベント会場へ行く前に養成所へ寄らないといけないんだよな・・・。
ということで電車で揺られること30分。 お笑い芸人を目指す者たちが集まる養成所へと辿り着いた。
「あれ? 光生か。 今日はレッスンないだろ? どうしたんだ?」
中へ入ると早速先生と鉢合わせた。
「オーディションの結果を見に来ました」
「あぁ、それな」
先生は悲し気な顔をしてそう言うと別室まで案内してくれた。
―――・・・もう先生の表情を見ただけで結果が分かるんだけど。
先生は引き出しから用紙を五枚出すと机の上に広げた。
「これが受けた5つのオーディションの結果だ」
やはり予想通り全て不合格だった。
「全部ですか・・・」
「まだ若いしこれからなんだから気を落とすなよ」
―――その言葉は何度も言われているんだよな・・・。
不合格の用紙を持って退室する。 すると同期ではあるが、年が上の人と出会った。 何となく接し方が難しいと思う。
「光生じゃん。 もしかしてそれオーディションの結果?」
あまり見られたくはないが偶然視界に入ったようだ。
「まぁ・・・」
「全て不合格か。 まぁ、安心しろ。 受けたところは全て大きなテレビ番組だったり大きなイベントだ。 落ちても仕方がないさ」
―――・・・仕方がないって思っても仕方がないんだよな。
―――この状況が何年も続いているんだから。
―――この人はいいよな。
―――会社員をしながらお笑いの養成所を受けている。
―――常にお金は仕事で入ってくるんだ。
―――責任や義務は大変だと思うけど、立場の安定が余裕に繋がっている。
―――俺なんて他には何もないから上手くいかなかったらなんて考えられない。
すると今度は同期で年も同じくらいであるコンビと遭遇した。
「光生だ! なぁ、聞いてくれよ!!」
「おう、どうした?」
「初めて単独ライブの観客が7割を超えたんだ!!」
「・・・え、マジ?」
「マジマジ!! 最近俺たち乗ってきているのかもしれねぇ!!」
「へ、へぇ、凄いじゃん。 よかったな、頑張ったかいがあって」
笑顔でそう答えたが内心は焦っていた。
―――7割だって?
―――俺たちの単独ライブはいつも3割も埋まらないというのに。
―――一体この差は何だ?
同期への嫉妬心を抱いたまま養成所を出た。 気乗りはしないがスマートフォンを取り出し結果を楽士に伝える。 するとすぐに返信が来た。
“・・・全てが不合格、か”
“あぁ”
“・・・そっか”
それ以上は楽士は何も言ってこなかった。
“なぁ、次のネタ合わせなんだけどいつする?”
“今日のイベントが終わってから考えればいいだろ。 じゃあ、また後でな”
その少々強引なメッセージで強制的に話が終わった。
―――・・・やっぱり何か気まずい。
―――原因は何だ?
モヤモヤとした状態のまま今朝も行ったイベント会場へ向かう。 楽屋への途中、先輩と後輩のやり取りが聞こえてきた。
「持ってきました!」
「おう。 って、これ違ぇよ!! 缶コーヒーといったらブラックだろ!? 寧ろ俺と言ったらブラックだろうが!!」
「ですが、ブラックは自販機になくて・・・」
「だったらコンビニでも行って買ってこい! 今すぐ!!」
「は、はい!!」
そのような会話を聞いているだけで溜め息が出そうになる。 結局どこへ行っても変わらないのだ。
―――・・・中には後輩をパシリにするような先輩もいる。
―――これが現実だ。
―――この業界の上下関係は絶対だ。
―――もしかしたらあの先輩だって、以前は先輩のパシリをしていたのかもしれない・・・。
またもや居心地の悪さを感じながら楽屋へ向かった。 だがそこにはまだ楽士の姿はなかった。
最初のコメントを投稿しよう!