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その台本は見た目からして年季が入っていて、外観からだけでも芸人たちの想いを感じられた。 これだけ発達した現代、新しいものを作り直すことなんて造作もないはずだ。
それでもそうしないということは、使い古したことそのものに意味があるということ。
―――懐かしい。
―――俺と楽士がここへ始めて入った時にもやったネタだ。
台本をパラパラと眺めるだけで楽士との思い出が蘇る。 二人で最初にやった時、自分たちのネタではないということで演技に苦戦したものだ。
「突っ込みとボケ役が必要なのか。 光生は突っ込みをやるだろ?」
「まぁ、そうだな」
「じゃあ俺はボケをやるよ」
そうして各々台本を憶えることになった。 光生にとっては一度やったものということもあり流れを思い出すだけ。 そして流石と言うべきか5分程で行和も憶えられたようだ。
「短時間でよく憶えられたな」
「演劇では何十倍もの台詞を憶えるからさ」
「なるほど」
「憶えられたか? じゃあ練習なしで二人で合わせるぞ」
先生の言葉に行和が驚きを露わにした。
「練習なしでやるんですか!?」
「あぁ。 それで二人の呼吸が合うかどうかを見るんだ。 さぁ、始め!!」
楽士となら今すぐにでもできる自信がある。 しかし、相手は初めてネタを合わせる行和である。 呼吸も分からないし、間の作り方も人によって変わってくる。
―――とりあえず慣れている俺が行和に合わせようか。
そう思い一歩引き行和のタイミングでネタが始まった。 正直、上手くいくとは思っていなかった。 なのにネタは驚く程スムーズに進んでいく。
―――・・・あれ?
―――何だろう、この感覚。
―――居心地がいいっていうか、凄くやりやすい・・・?
―――どうしてだ?
初めて合わせたようには思えず既に何年かコンビを組んでいるようなやりやすさだった。 先生は真剣な表情でネタを見ている。 ネタが終わると同時に先生は行和に尋ねた。
「行和は何かやっていたのか?」
「普段は演劇をやっています」
「なるほど、演劇か。 だからそんなに表情が豊かだったんだな。 光生はどうだった? 行和と一緒にやってみて」
「凄くやりやすかったです。 あまり大学では行和と話したこともなかったのに、ネタの最中は昔からの友達のような感覚で」
「まぁ、そうだろうなぁ」
「・・・?」
先生の知ったような口調に首を傾げる。
「光生、少し外してくれ。 行和と二人で話したい」
「分かりました・・・」
そう言われ足の置き場を探すかのようにふらりと場を離れた。 結局、壁際に座り込み練習している他の芸人をボーっと眺めることとなる。
―――今の時代、新しいものを生み出すのって難しいよな。
―――もう全てが出尽くしている。
―――かと言って誰もがやるようなスタイルをやっても勝ち上がれないのは分かっている。
―――出尽くしているスタイルの中で少しでも新しい要素を見つける。
―――それが大事なんだ。
―――行和は突っ込みが二人は新しいと言ってくれた。
―――でも俺たちのスタイルの芸人は知らないというだけできっとどこかにはいるはずだ。
―――ただボケと突っ込みがいないとネタが成り立ちにくいというだけ。
―――先に突っ込みが二人というのを生み出したコンビと俺たちが並んでみろ。
―――俺たちの存在なんてすぐに霞んじまう。
―――・・・これが原因だったのかもしれない。
―――真新しいスタイルが俺たちにはないから。
売れっ子でもないのに、練習している芸人の中では目を引くようなことをやってる者もいる。 自分では考えられないようなことを簡単にこなしているのだ。
才能、そんな言葉が頭をかすめたが、ここまでやって売れていないことで才能に恵まれていないことはよく分かっていた。
「おーい、光生ー。 聞いたぞー? 楽士がコンビ解消を望んでいるんだって?」
そう言いながらやってきたのはピン芸人の同期だった。 年齢も同じくらいである。
「残念だったなー。 光生たちは付き合いが長いみたいだし」
「・・・」
「こう言っちゃなんだけど、楽士は止めて俺とコンビ組んでみるっていうのはどうだ?」
「はぁ?」
「アイツのどこが面白いんだよ? 光生が8割ネタを作ってんだろ? 光生のネタは独特でいいし、楽士よりも光生の方が何倍も面白いぞ」
「ッ・・・」
「もし一人になるなら俺と組まないか? 俺自身、自分のネタは面白いと思っているし、俺たちが組んだらきっと最高だぞ?」
その言葉に怒りが込み上げた。
「これ以上楽士の悪口を言ってみろ!! 後から謝ったとしても俺はお前を殴り続けるからな!?」
「ちょッ・・・」
「楽士は滅茶苦茶面白いんだよ!! じゃなかったら俺たちはここまで続けてきていねぇ!!」
「光生!!」
怒鳴り付けると先生に止められた。 目の前にいる同期は普段大人しい光生の怒声に怯えている。
「光生、少し出ろ。 そしてお前も来い」
「ぼ、僕ですか・・・?」
先生は光生とあまり関わったことのない別のピン芸人であるナチュラル男爵を何故か指名した。 本名も知らない相手と一緒に呼ばれ心当たりは何もない。
困惑しながらも二人は先生に続いてレッスン場を後にした。 光生に怒鳴られた芸人は一人置いて行かれて行き場のない怒りを壁にぶつけていた。
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