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―――俺のこととは別件か?
―――てっきり大声を出して怒鳴ったから、注意されるのかと思ったんだけど・・・。
怒られるわけでもなく、先生に別室の小さなレッスン場へと連れてこられた。 そしてナチュラル男爵に向かって言う。
「この台本をすぐに憶えられるか?」
「え?」
「憶えたらすぐに光生と一緒に合わせてもらう」
その言葉を聞いて光生は言った。
「先生、俺とナチュラル男爵さんは顔見知り程度の関係でしかないんですが」
「あぁ、だからこそだ。 実験だと思って気楽にやってくれ」
「・・・?」
先生の意図は分からないが従うことにした。 憶えるのは先程行和とやった台本である。 行和とは違いナチュラル男爵は台本を憶えるのに苦戦していた。
それもそのはずで、台本はコンビ用に作られているためまず芸風が違うのだ。 最終的には先生がカンペとして台本を広げながらやるという形に落ち着いた。
―――普通はこうなるよな。
―――行和は演劇をやっているからとは言っていたけど、あんなにすぐに憶えて演じるなんて普通は無理だ。
行和の時と同じようにネタ合わせを行う。 変わったのは相手だけ。 なのにやっていることはまるで別のことのように感じられた。
―――うわ、この人とはやりにくい・・・。
―――会話のテンポが合っていなさ過ぎ。
―――どうしてだ?
―――行和が異様に上手過ぎたのか?
―――自分と合う合わないの人は当然いると思っていたけど、初のネタ合わせでここまで差が出るもんなんだな・・・。
終えると先生はナチュラル男爵に向かって言った。
「光生とやってみてどうだった?」
その問いに気まずそうに答える。
「や、やりにくかったです・・・」
「そうだよなぁ。 俺から見ていてもぎこちなさを感じた。 ありがとう、もういいぞ」
何となく申し訳なさそうに帰っていくのを見て名前負けしているなと感じた。 ただ人のことを言っている場合でもない。 ナチュラル男爵が完全にいなくなるのを見計らい今度は光生に向かって尋ねかけた。
「光生は行和と比べてどうだった?」
「俺もやりにくかったです。 だけど行和とも関わり具合で言えば大差がないはずだったのに」
「それはつまりどういうことなのか分かるか?」
「え? ・・・いえ、分かりません」
「行和はどんな相手でも合わせられるっていうことだよ」
「どんな相手でも?」
「行和とナチュラル男爵で一緒にネタをやる時。 光生は二回共上の空という感じで調子は一緒だった」
「すみません・・・」
まだ楽士のことが頭から離れられないためかそれが出てしまっていたようだ。
「それなのにこれだけの違いが出るということは光生の問題じゃない。 相方の影響だ」
「相方・・・」
「一度ネタを見ただけで行和は素質があると思った」
やはり行和は有能だったのだ。 行和を見つけてきてくれた楽士が素直に凄いと思った。
「行和は誰がパートナーになってもきっとしっくりくるんだよ。 珍しいタイプだ」
「そうなんですか・・・」
「逆に光生。 お前はパートナーが楽士じゃないと駄目なんだろうな」
「・・・え?」
「解散の話を持ち出されて気持ちが追い付いていないだけなのかもしれない。 でもそれだけじゃなく、楽士とネタをやっている時の光生は生き生きとしていると思うんだ。
心からお笑いを楽しんでいるように思える」
「ッ・・・!」
「それにさっき怒鳴っていただろ? 楽士のためを思って」
「それは、ごめんなさい・・・」
「それが光生の答えだろ。 お前には楽士しかいないんだ。 アイツを引き止めるのは今しかないんじゃないのか?」
その言葉に覚悟を決めた。
「ありがとうございます!! 行ってきます!!」
「行和は俺が預かっておこう」
それを聞いて光生は養成所を飛び出した。 何度も電話をかけながら駅へと向かう。
―――頼む楽士!
―――電話に出てくれ・・・ッ!!
そう願うと何十回のコール後にようやくコール音が繋がった。 思わず足を止める。
「もしもし、楽士か!?」
『・・・あぁ』
解散することを引きずっているのか、明らかに声に元気がない。 そんな楽士に向かって思いのたけをぶつけた。
「やっぱり俺には楽士しかいないんだ! 頼む、また俺と一緒にお笑いをやってくれ!!」
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