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二度目の夏。真夜中に沙羅ちゃんのすすり泣く声が聴こえた。彼女は布団に潜り、背中を丸め震えている。
「倒産!?それじゃ、私達の生活はどうなるの!?家のローンは有るし、沙羅の塾にもお金が掛かるのに!」
「不況の煽りで仕方ないだろ!だったらおまえも働け!稼ぎもせず文句ばっかり垂れやがって!」
「何ですって!?私は家事も育児も精一杯やってる。沙羅の事は全部私に任せっきりじゃないの!」
一階から聞こえる罵声。ここ数日、パパとママの喧嘩が絶えない。沙羅ちゃんの前でも会話が減った。目を合わせようともしない。
「ウウッ……パパとママ、もう仲良くなれないのかな……」
子供に隠そうとしても、沙羅ちゃんは全部知っている。
沙羅ちゃん泣かないで。大丈夫だよ。ボクがキミを守るから。
布団に潜り込み、顔を寄せて彼女の涙を舐め取る。
「フクは聞いちゃダメだよ。辛くなるから聞いちゃダメ」
彼女は涙声を漏らしながらボクの両耳を手で塞ぎ、ギュッと抱きしめた。
数日後。ママと沙羅ちゃんは、大きなスーツケースを持って玄関に立っていた。
「ママ達は遠い所に行くけど、フクはパパとお留守番してね」
「お婆ちゃんの家は、動物を飼えないマンションなの」
どうして?ボクも一緒に行きたい。連れてってよ!
「でもね、絶対フクを迎えに来るから。少しの間だけ、ごめんね」
沙羅ちゃんは大粒の涙を流し、ボクの頭を何度も撫でる。
本当に少しだけ?お利口にして待ってたら、直ぐに迎えに来てくれる?
「クーン……クーン……」
二人が消えた玄関の扉を、ボクはしばらく爪で掻いた。
「またこんな所で排泄しやがって!クソ犬が!」
赤い顔をしたパパが怒鳴る。あの日から様子がおかしい。今夜もまたお酒を呑んでいる。この臭いは大嫌いだ。
ごめんなさい!でもパパが散歩に連れ出してくれないから。それに、昨日から何も食べていない。お腹空いたよ。ご飯を頂戴!
「煩い!吠えるな!……チッ。金の掛かる厄介モノ押し付けやがって!」
ねーねーパパ。お腹空いたよ。
「煩い!オマエはもう用済みなんだ!野良犬にしてやる!」
「キャン!」
痛い!乱暴にしないで!パパどうしちゃったの?怖いよぉ……
パパはボクを外へと連れ出した。車が走るのは山道。辺りは何も無い。あるのは何処までも続く森と暗闇だけ。
えっ……パパ行っちゃうの?ヤダよ!こんな所に置いて行かないで!
遠くへ消えていく明かり。ボクの叫び声は不気味な闇夜に木霊した。
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