ボクとキミと、桜の記憶

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「可愛い~。パパ、ママ、決めた!この茶色の子にする!」  硝子の向こう側からボクを見つめ、女の子が無邪気な声を放った。 「トイプードルかぁ」 「()()、あなたちゃんとお世話が出来るの?」 「絶対する!だからお願い、この子を買って。ねっ」 食い入るように見ていた彼女は(かしわ)()を打ち、隣に並ぶ大人に擦り寄った。 どうやら彼女はボクを気に入ってくれたらしい。人間に「可愛い」と言われたら、自己アピールをしろと先輩から教わっている。安らかな(しゅう)(えん)を迎えるために、可愛くアピールをしろと。 先輩とは、同居犬だったシュナウザーのゲンさんだ。彼は二日前に優しそうな夫婦に引き取られた。終焉どうこう難しい事は解らないけれど。きっと先輩の教えは素直に聴いた方が良い。 「ワンワンワン!」 今だ!アピールのタイミングを逃すな! 「う~ん、仕方ない。巣ごもり生活は未だ続きそうだしな。責任をもって世話をするんだぞ」 「ホント!?やったー!パパ大好き!」 これは大成功か?ゲンさん、ボクもやりましたよ! 大喜びする女の子の笑顔を見ていると、不思議とボクも嬉しくなる。全力で尻尾(しっぽ)を振り、狭いゲージの中を駆け回る。 「私ね、もう名前を決めてるの」 彼女は小さな胸で、もっともっと小さなボクを抱く。 「おまえの名前はフク。私達は家族になるの」 フク……それがボクの名前?家族? 「今日からフクは私の弟。私達はずっと一緒だよ」 彼女はボクの頭を撫で、満面の笑みを広げた。 屋外へ出ると、暖かな風に乗って小さな(はな)(びら)が舞っている。 「綺麗だな」 「本当、立派なソメイヨシノね」 「フク、あのピンクの花は桜だよ。春にしか咲かない花なの」 これは桜…… ボクが家族と一緒に見る、初めての景色――。  末っ子となったボクは、それから何度も公園へ遊びに行った。お気に入りの玩具はボール。沙羅ちゃんが投げたそれをキャッチするのが得意だ。 「フクー!行くよ!」 太陽の光を浴びて沙羅ちゃんが笑う。 「上手いぞフク」 「沙羅、休憩してあげないとフクがバテちゃうわよ」 芝生に座るパパとママが笑みを揺らす。 ボクの大好きな家族。  日本では怖い病気が流行っているらしく、パパは家で仕事をしている日が多い。ママはテレビを観ながら「早く平和な世の中になって欲しい」と言うけれど。家族と一緒に居られるなら、今のままでボクは十分幸せだ。 この平和が、ずっと続いてくれたら良いと思っている。
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