ボクとキミと、桜の記憶

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 幾日一人ぼっちの夜を明かしたか分からない。足に何か刺さって痛いし、目が見えない。体中が痛痒くて、(カラス)に突かれたところから変な臭いがする。お腹空いたよぉ。もう、歩けない。 錆びれた廃屋の陰で(うずくま)る。 雨の音だ…… 寒いよ…… 沙羅ちゃん…… 「美穂さん!見つけた!きっと通報を受けた子ですよ」 「怪我をした狸……じゃない。この子、トイプードルよ!伸びた毛が塊になって全身を覆ってる。……酷い傷。何かに咬まれた痕かしら。瘦せ細って皮膚病もある。急いで施設へ連れて行きましょう」 「……この状態で助かりますかね」 人間の声がする。重い瞼を開くと、黄色い傘がぼやけて見えた――。 「良かった。熱が下がって来た」 「炎症が酷いから、抗生剤の点滴は続けた方が良さそうね」 目を覚ますと、二人の女性がボクを見つめていた。 誰だろう……ここはどこ? 丸坊主にされた体には白い布が巻かれ、全身の痛みが楽になっている。 「もう大丈夫よ。安心して、ここは安全な場所だから」 雨の中で聞いた声だ。柔らかくて心地の良い声。それに混じって、犬や猫、色々な鳴き声がする。  治療をしている間、犬仲間の次郎くんが「おまえは家族に捨てられたんだ」と、ボクに意地悪を言った。以前の飼い主は(しつけ)だと言って、彼の体を棒で何度も叩き、両足が動かなくなったらしい。そして、この施設には、そんな人間の勝手で犠牲になった仲間が大勢いると。 でもボクは一緒じゃない。パパが怒ったのは、ボクが粗相をしたから悪いんだ。 捨てられる筈がない。だって、ボクは大切な家族なんだから。きっと探しに来てくれる。沙羅ちゃんが迎えに来てくれる。 ――時は流れ、十三度目の冬。ボクは美穂さんの膝の上で、荒い息を上げている。 「よく頑張ったね。もう直ぐ楽になるからね。今までありがとう……」 美穂さんの涙が頬に落ちる。施設職員の美穂さんは、いつも側にいてくれた。大切にしてくれた。ボクこそ、ありがとう。 ここで多くの仲間を見送って、今は「終焉」の意味が解る。ボクにとってのそれが、きっと今なのだろう。 キミに会えなくなったのは、ボクのアピールが下手だったからかな? 今はもう駆け回る力はないけれど、シッポくらいは未だ振れるよ。 上手に振れたら、桜が咲いてくれるかな。春が来ないとやっぱりダメかな。 『フク、迎えに来たよ。会いたかったよ』 沙羅ちゃん。ボクも会いたかった。ずっと待ってたよ。 ――ああ、綺麗だな。 雪景色に咲くピンクの花弁。 真っ白な風に乗ってフワリフワリと とても、綺麗だね……    END
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