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プロローグ
新生活の始まりはいつも桜の雨で、淡い淡い水色の霞んだ空は限りなく白色に近い花びらを吸い込んでいく。
同じコントラストを持ち合わせる桜と空の境界線が薄れていく、この季節は危険だ。
もっともっと色濃くならないと、お互いの色に飲まれてしまうのに。
桜の終わりに吹く風は、教室内にまで桜の花びらが迷い込む強い風だった。
春空に花びらを舞いあげた風に長い髪を煽られた海堂日奈子は、俯いていた顔をやっとあげて窓に目をやった。窓の外では、舞いあがる桜の花びらたちが空へと昇り、淡い青に滲んでいく。
真っ白なカーテンを舞い上げるほどの春風が吹けば、窓際から二列目、日奈子の机の上にも桜の花びらが舞い降りた。
ひらひらとノートの上に舞い降りた花びらは、少しざらっとした紙の上に止まる。
プレゼントだと思った。
新年度新学期、進学したこの高校のこの教室、一週間目のこの空間に居心地の悪さを感じている自分に対して、神様が「よく頑張っているね」って言って渡してくれた花びらだと思った。
日奈子はそれを指で摘み上げるわけでもなく、ゆっくりと視線を上げた。すると視界に入るのは、黒板の前に立つ一人の男性教師。
年齢は40代くらい。痩せ型。
彼は人の良さそうな笑顔を見せながら、生物学について板書したり、教科書を手に説明したりしている。
日奈子はそんな彼を視界に入らないように少し目線を外しながら、板書された文字や図をノートに写し取り、授業時間が時間の終わりを待った。
やがて。
終業のチャイムが鳴り、教壇の上の男性教諭が「今日はここまで」と、教卓の上の資料をまとめ始める。その間に日直の生徒が号令を掛けると、生徒全員が椅子を引いて立ち上がり、教壇上の男性教師に頭を下げた。
男性教師もまた生徒たちに頭を下げると、踵を返して廊下へと向かった。
日奈子は男性教師が教室を出ていくの見送って、大きく息をつくなり脱力してしまい、椅子に座りこむ。
あの先生はずっと黒板前にいてくれたからまだ良かった。教室内をぐるぐると歩かれていたら今頃体調不良を起こしていたかもしれない。
「……日奈子、大丈夫?」
後ろの席から心配そうに声をかけたのは、佐倉琥珀。家もお隣同士の幼馴染で、日奈子の体調不良の事情を知っている唯一の人物だ。
「大丈夫……。とりあえずは最後まで座っていられたし……」
疲労から日奈子は背後を振り向けなかったが、うんうんと頷いて答えながら額に指の背を当てた。すると指の背に触れるのはじとっとりとした脂汗。
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