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やっぱり、男性教師は未だに苦手だ。
日奈子は机の中に入れていたハンドタオルと取り出すと、額に当てて汗を拭った。そして目を落とす先は、桜の花びらが乗ったノート。
プレゼントだと思った。
春の風から、桜の木から。
頑張ってるねって言ってもらえているような気がした。
そのプレゼントが乗ったノートには、板書を頑張って写したミミズのような文字が這う。
これじゃ、復習は難しい。
「……ごめん、後ででいいからノート見せてくれる……?」
疲弊し呟くと、後ろからノートを持つ手が伸びてきた。
「はい、いつも通り、次の生物の時間に返してくれたらいいからね」
その声に、日奈子はやっと後ろを振り返った。
心配顔の幼馴染はショートヘアを春風に揺らし、少し眉を下げていて。日奈子はノートを受け取ると、頑張って微笑んでみる。
「……琥珀、いつもありがと」
「うん、気にすんな」
琥珀はそう微笑むと、ふと黒板の横に貼られている時間割に目を向けた。
「次は、三吉先生の数学か。よかったね」
三吉先生とは、このクラスの担任である女性教諭で、琥珀の言葉に安堵の笑みを浮かべて頷いた日奈子は、男性恐怖症であった。
男性恐怖症とは、恐怖症の一種。
症状には個人差はあるが、男性に触れられると強い不安感に駆られたり、男性と話すとひどく赤面したり、男性と一緒にいることに耐えられないといった病的な心理。
中には男性が近づいてきただけで不安を感じる人もいる。
日奈子の場合、それはある特定の職業の男性のみに反応した。
それは、『男性教師』。
中学時に遭遇した事件により、『男性教師』に対してひどい恐怖心を抱くようになってしまった。
けど、女性教師の授業は落ち着いて教室にいることができる。
「日奈子、数学得意だし。先生が女性でよかったね」
「うん。それ以上に数学は遊馬くん仕込みだから、ちゃんと良い成績取りたいんだ」
言いながら生物の教科書やノートを鞄にしまい、代わりに数学の準備を始めた日奈子に、同じく準備をはじめた琥珀が返す。
「うちの兄が役立って何より。しかもメッセージだけのやり取りで、良い成績だもんね」
「遊馬くんの教え方が上手なんだよ」
はにかみながら呟けば、思い返すのはニ年前まで普通に会えていた頃。
あの時大学生だった遊馬くんは日奈子の初恋だった。
いや、彼が大学生の時からじゃない。
物心ついた時から、遊馬くんは日奈子の憧れの人。
あの事件以降、塞ぎがちになって会うのも怖くなってしまったけど、メッセージのやり取りは続けていた。
本礼の鐘が鳴り三好先生が入ってくる中、日奈子は思った。
改めて遊馬くんにお礼言わなきゃ。
遊馬くんが数学を教えてくれたおかげもあって、不登校気味だったわたしも高校に入れたんだし。
直接、会えたらいいな。
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