ねえ、千鶴、逃げようよ

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「あー……悪夢見てたわ。悪い、ありがと」  貞晴はそう言いながら起き上がる。時計を確認して、それから電気をつけた。ぱちっと部屋が白々しく明るくなって、夢の中のように現実感がない。唇を噛みしめるとやっぱり痛くて、あたしは今更になって涙が出そうになる。 「声、出るようになったか」 「うん……」  あたしの声は出るようになったけど、それ以上会話は繋がらなかった。あたしは横になって目を閉じる。目蓋が熱かった。あたしはどうやら涙を流しているようだ。やっと流せた涙は、塩辛くて、皮膚をじんじんと痛ませる。泣いているとわかると、あたしはぐずぐずと鼻を啜り、顔を手で覆って、ぼたぼたと涙を流し続けた。  あたしは中学に上がったばかりで、子供で、力がない。たった一人の友達すら救えなくて、そればかりか、追い詰めてしまった。あたしは、どうすればよかったのだろう。どうすれば友達を殺すことなく、助けることができたのだろう。  ああ、あたしが上総頼子じゃなければよかった。そうすれば、あたしは一人で生きていて、千鶴は不思議な女の子のまま、生きることはできたのに。果たしてそれが幸せかわからないけれども、死なずに済んだ。  あたしは両手で顔を覆ったまま、ただひたすら泣き続ける。千鶴、千鶴、千鶴。宙にただ落ちていくしかできなかった可哀想な女の子。サバイブできることもなく死んでいってしまった兵士。あたしは、あたしたちは、どんな関わりを持ったのだろう。あたしはただ千鶴に振り回されるしかなかった。会話らしい会話だってそんなにしていない。本当にあたしたちは友達だったのだろうか。もっと、ちゃんと千鶴の話を聞いて、千鶴のことを色々とわかってあげればよかった。 「あたし……あたしが殺した……千鶴のことなんて、全然わかってなかったから」 「何を言ってんだよ!」  貞晴があたしの肩を掴んだ。そっと目を上げてみると、貞晴の頬にも涙の跡がある。あたしはひっくとしゃくりあげて、 「でも、あたしが追い詰めた! 千鶴のことわかったつもりになって!」 「おれらが殺したってか? そうじゃねえだろあの変態親父のせいじゃねえか?」  キラキラと光る粒を飛び散らせながら貞晴が床を叩いた。ひゅっとあたしは飛びあがって、鼻を啜ると手でごしごしと涙を拭う。  貞晴も鼻を拭うと、後頭部をガシガシと掻き始めた。爪を立てて、頭に傷がつくんじゃないかってほどで、この前とは違い、あたしが貞晴をとめる。
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