ねえ、千鶴、逃げようよ

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 人生は戦場だ。戦いの中、他人のことを気にしていられない。しょせん人間は一人きりで生きて、一人きりで死んでいく。人間関係に煩わされるなど、平和な争いのない世界でやることだ。この世界はどこも血と肉の臭いがしている……。肉の焦げた臭いや腸など臓物をむき出しにしてる、死体の腐臭が。  だから千鶴の男でも漁ってやろうかなって仕草は、癪に障るほど、遠いものだ。きっとぶりっこして許されるような甘やかされた家庭環境にいたのだろう。ひとりっこか末っ子かもしれない。  平和で争いのない世界にいるやつ。戦場など対岸の火事。  この子はきっと、恵まれてんだろうなって思った。安心しきって嫌われやすいぶりっこ仕草をしてられるんだもの。あたしにはとてもできないものだ。 「なんか、あの子、むかつくなぁ」  と、後ろの席の子は首を捻っている。あたしは乾いた笑いを返して前に向き直った。  なんにしても、関わってもいいことがない。もうアンチ作ってるし。前言撤回かもしれない。平和で争いがない世界なわけじゃないかも。目、つけられてるよ、こわっ。  でも、千鶴がセンセーショナルにデビューすることになったのはその可愛さとぶりっこではなかった。あ、から順番に自己紹介をして、とうとう千鶴の番が来た時。千鶴は恥ずかし気に右手をあげて「梶原千鶴です」と立ち上がった。  そして左手でスカートのお尻を撫でたら――  ぶちっぶちっぶちっ!  千鶴のシャツの胸の部分のボタンが弾けた。  あたしはさすがにびっくりして前のめりになった。  胸の大きさで開かれたシャツとネクタイの隙間から覗いたのは……フィギュアスケーターが着る衣装に似た可愛らしいピンクの、だけど中学一年生にしては大人なブラジャーと、肌に残るもう黒に近い赤い痕……。  虫刺されっぽくて、でも違う。何かが吸い付いたに違いない色。まだ新しげな真っ赤だったり、強く強く殴られたみたいな黒に近い赤が、花びらのように胸から鎖骨に向かうように散らばっていた。淫靡で暴力的にも思える、痛々しいくらいの独占を感じさせるもの。愛している印。  ――キスマークに、違いなかった。 「きゃあっ」  二度見する前に千鶴は小さな叫び声をあげて胸元を押さえた。
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