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「家のこと? なんで?」
あたしはいきさつを貞晴に喋った。貞晴はひととおり聞いて、呆れたような、どこかほっとしたような顔を見せる。あたしはむくれていたのだけども、貞晴は「そっかぁ」というだけだった。そんな態度がイラっときて、あたしはつい口調が尖ってしまう。
「そっかって何よ。そりゃ、あたしもつい言っちゃったけど、むかついてるんだから。話し合いとかされてもこっちが困るだけだし」
貞晴は言いにくそうに時計を見ながら、頭を軽く掻いた。
「言ったろ、おれ、そういうの気になるんだ。お前の家も、異常だって思ってたからさ。お前は高校出ないとか言うけど……今は出た方がいいだろ。賭けてみてもいいんじゃねえの。暴力ひどくなったら、お前も逃げ出せばいいし……」
どうやら貞晴はあたしの心配をしていたようだ。今まで一度もそんなこと口にしないで、あたしの家に遊びに来てはバカ笑いしてたくせに……。それもこれもどこかで心配していたからやってくれたことなのだろうか。貞晴ってよくわからない。心配してたなら、言ってくれてもいいじゃないか。
妙な恥ずかしさが襲ってきて、あたしも時計に視線を移した。
気にされていたことを知らず過ごしてきた日々を思い出すと背中が痒くなってしまう。まさか誰かが、あたしのことを思っていたなんて、それが小学校からの仲の良い男の子だったなんて。
それを知らず、一人で生きていこうと心に決めていた自分がひどく子供のように感じられた。
耳が熱い気がする。あたしは顔が赤くなるのを誤魔化すように頬を叩いた。
貞晴も恥ずかしいのかそっぽを向いて、時計に視線を置いている。
「貞晴様にお気にされるなど、まっこと光栄でございますなぁ」
「おれ様が気にかけてやったのじゃ。おぬしも身の振り方を考えるとええ」
あたしたちは冗談らしい言葉でやり取りをすると、くすくす二人で笑い合う。なんだか不思議な力がわいてきたような気がした。あたしたちは、きっとなんとかなるみたいな、希望を手にしたような気持ちになっていた。
千鶴は全然そんなことなかったのに……。
貞晴と五分くらい話して、ようやくあたしたちは千鶴の帰りが遅いことに気づいた。二人して女子トイレに向かう。入るのはあたしだけで、貞晴は入口で待っていた。
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