ねえ、千鶴、逃げようよ

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 千鶴の自殺を目の当たりにしたあたしたちは、事情を知る者として教室で待たされることになった。他の生徒は帰るように命じられて、ベランダの向こう側からきゃっきゃと騒がしい声を響かせている。不思議と涙は出なかった。あたしたちは知らない間に手を繋いで、呆然と空を眺めていた。  青い空が目に眩しいほど、透き通って見える。一人の女の子が死んでしまったというのに、どこまでも平和で綺麗で、希望に満ち溢れているように見えた。あたしは空を見上げたまま震えて、このまま死んでしまうんじゃないかってほど息が苦しくて、とても寒かった。  停止したような時間が過ぎていく。あたしは一息吸って、肺を満タンにして吐くということを繰り返していた。 「頼子……」  ぽつんと、貞晴が声を発した。 「梶原に、話したのか?」  あたしは答えようとしたけど、声がでなくて、頷いた。貞晴はそれ以上、なんも言わずに俯いてしまった。あたしの手をぎゅっと握って、何か耐えるように静かに空を見つめていた。それきり黙ってしまったあたしたちのところに、三十分ほどしてから、担任教師がやってきた。あたしは千鶴が結局どうなったのか聞こうとしたけど、やっぱり言葉がでなかった。担任教師は口をぱくぱくさせるだけのあたしに気づくと、悲しみに満ちている顔をして、「帰る?」と聞いた。あたしは首を振って、貞晴の手を引っ張った。
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