ねえ、千鶴、逃げようよ

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「あなたたち不用意な言葉をかけたりしていないでしょうね」 「それってつまり、どういうことだよ。おれらがいじめてた可能性とか言ってるのか? そうじゃねえよ。梶原は、梶原は父親に……」 「そういうわけじゃないの。色々確認しなくちゃならないことがあるから」  それからは同じ話をずっと行ったり来たりしていた。あたしがキスマークを発見した日曜日、助けてと手紙をもらった日、そして今日。貞晴はあたしに聞いたりして、あたしは頷いたり紙に書いたり、ずっと同じ話しかしないと担任教師がわかる頃にはもう空は薄暗く夜の気配を纏っていた。 「今日は……帰りなさい。明日、また聞くことがあるかもしれない。ううん、明日、学校休んでもいいわ。話せるようになったらまた、ね」  そう言ってあたしの頭を撫でて担任教師は立ち去ろうとする。その背中に貞晴が聞いた。 「梶原の父親は捕まるのかよ。娘を犯して、自殺させたやつなんだぜ」 「それは警察のお仕事になります。二人とも、あんまりそう外に広めるようなことじゃないから、黙っておいてね」  遠ざかる担任教師の足音に、あたしたちもここにいては仕方ないと帰ることにした。だけど、あたしの足は震えたままで、一歩一歩がおぼつかない。そのまま倒れてしまいそうだ。貞晴が肩を持って支えてくれた。そうやって靴に履き替えて校舎を出て、あたしたちはくっつきながら歩いている。  どこまでついてきてくれるのかと思っていたら家の中までだった。あたしの代わりに鍵を開けて、リビングから折り畳み机をどかしてしまい、布団まで敷いてくれてあたしをごろんと横たわらせた。  こつんこつんと政子さんが二階から下りてくる。もう化粧もばっちりの夜の顔になっていた。よく知った顔の貞晴を見つけると、「ふーん」と眉を寄せて「遊んでたからって、ご飯の用意忘れないでよ」とケチをつける。あたしは日常な政子さんの愚痴がこの時ばかりは嬉しくて、微笑んでしまった。顔色悪く、制服のまま寝っ転がって微笑んでいるあたしに、政子さんはぎょっとしたような顔をする。 「なんかあったの、あんたら。顔色真っ青だし……」 「あ、おれ、今日泊まらせていただきます」 「またぁ。中学になったら落ち着くかと思ってたけど……他人の家をラブホがわりになんかしないでよね。してたら二人とも、叩き出すから」  そう言って政子さんはタクシーに電話をかけて、さっさと出て行ってしまった。 「……そういうわけで、今日はおれもそこで寝るから、よろしくな」
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