ねえ、千鶴、逃げようよ

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「きみたちは最後に千鶴と一緒にいた……。ありがとう、今日来てくれて、千鶴もきっと喜ぶ――」 「喜びなんかするもんか。お前がここにいるんだからよ」  貞晴はそう冷たく言葉を投げかけた。あたしはひんやりとして貞晴をとめようと振り返ったのだけども、貞晴は邪険にあたしを手で押しやりながら、あたしの隣に並んだ。 「きみは……何を言っているのかな?」  しゅるしゅると涙をしまい込んで、千鶴の父親は貞晴を睨んだ。担任教師が慌ててやってきたけれども、貞晴は無視をして千鶴の父親と向き合う。 「わからねえはずないよな。お前、ロリコン野郎って言われて、逃げてこっちまでやってきたんだって知ってるんだよ」  千鶴の父親と、貞晴が睨み合っているのはすぐに周囲に伝わっていく。なんの騒ぎだと大人たちもこちらに注目し始めた。千鶴の父親は注目に気づくと、やぁやぁと顔を緩め、担任教師を制して、嫌らしい、卑屈な目を笑顔の形にする。 「こんな場で、そんなことを言い始めるなんて、親の教育のなってない子だな……。確かにぼくは千鶴の友人たちを写真に写したことがあるよ。でも児童ポルノやそんなものじゃない。確認するかい? ただ、写真を撮っていただけだよ。親の許可だっていただいてた。なのに、周囲が勝手に騒ぎ始めてね。きみ、誰から聞いたのか知らないけれども、そんなことを言うものじゃないよ。見てごらん」  そう言って父親は千鶴の眠る祭壇を指さす。そこには、千鶴が笑っていた。 「千鶴が悲しんでしまうだろう? きみ、確か、千鶴に告白したようだね。LlNEを見たよ。好きな女の子が死んで混乱する気持ちもわかるよ。ぼくだって娘を亡くしたんだ。ねえ、こんなところで、そんな話はするものじゃないと思わないかい?」 「変態親父が!」  貞晴はそう叫ぶと、あたしの肩にどんとぶつかりながらも千鶴の父親の襟を掴んだ。 「おれは、お前が梶原に、千鶴に何をしたのか知ってるんだよ! どうして泣いてるんだよ。どうしてここにいるんだよ! なんで捕まらねえんだよ!」 「何をしたって、なんの話だい?」  千鶴の父親はこの場に合わない笑顔を浮かべていた。貞晴の顔が真っ赤になって、手を振り上げた。  ごつんと硬い音がした。千鶴の父親が崩れ落ちる。  誰かの悲鳴が上がった。貞晴は千鶴の父親に馬乗りになったかと思うと、大人に羽交い絞めをされて、ずるずると引きずられていく。
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