ねえ、千鶴、逃げようよ

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 あたしはブルーシートから出ると、花壇の花をぶちぶち抜いて、そっと添えてみた。だけどもこれも風が吹けばどこかに流されていくのだろう。  帰り道、交番を通り過ぎると、事件1件と書かれていた。千鶴の死はこうして処理されたのだ。  ああ、千鶴。千鶴。千鶴。  あたしは千鶴にもし会えるのなら聞きたい。今、安らげてる? 死んで、それで本当に安らかになってるの? って。  死んでも、千鶴があの父親の元にいるのは変わらないよ。それでも、よかったの?  衝撃の葬式からすぐに町の中では千鶴の父親のしたことが噂になっているようだった。千鶴の父親は、もうすぐ引っ越すとかそんな話をコンビニで聞いた。町の人は悲劇の美少女が死んでしまったことを悲しみ、怒り、あたしたちはちょっとした町のヒーローにいつの間にかなっていた。千鶴のために、千鶴の父親に向かって戦った者として。  でもそんなことになってもあんまり意味がないことを知っている人は少なく思えた。あたしと、貞晴だけが知っている。この町から千鶴の父親を追い出しても、千鶴が喜ぶわけじゃない。千鶴がほんの少しでも安らげるわけじゃない。  一週間後、登校した学校は、千鶴の机に花が飾られていること以外は変わりなく続いていた。あたしはちょっと浮いた生徒になって、こそこそと噂されたり、別の教室から誰かが覗いていたりしたけど、そんなものだった。  何日かすると、担任教師に呼び出されて、家の事情を話すことになった。担任教師は死んだ人には何もできなかったが、生きている人には優しく未来を与えようと努力する。あたしは普通に話して、なるべくこっちに被害が来ないようにしてと言った。担任教師は「梶原さんのことは、ごめんなさいね、何もできなくて」と泣きそうな顔をして謝ってきた。あたしはびっくりして、この人も本当はどうにかしてあげたかったのだと知った。でもそれは、取り返しのつかないことだ。  また一週間が過ぎると、貞晴が登校するようになった。それと同時に席替えが行われて、問題生徒である、あたしと貞晴の席は遠ざけられた。千鶴の席は片付けられて、一つだけ隣のない席ができた。それでもう、千鶴の面影のようなものはこの教室から取り払われた。それでいいのだと思う。
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