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「朝子ちゃん、休憩入っていいよ。」
「あ、はい。」
仕事は…毎日とても楽しい。
それは、得意分野だから…って事もあるのかな。
決まった事をしてるだけだから、簡単って言えばそうなんだけど。
あたしの仕事先は…飲食店。
それも…
紅美ちゃんに連れて来てもらった『あずき』の厨房だ。
紅美ちゃんから。
「ここは何食べても美味しいんだよ。」
って言われて、あたしは天丼を食べた。
もう…一口で、その味に魅了された。
桜花の幼稚舎を勧められてたけど、あたしの『あずき』で働きたいって願望は日に日に増して…
…あたしは『あずき』に足を運んだ。
「募集はしてないんだよね~…」
と、渋るご主人を、一週間通って説得して。
何とか…働かせてもらえる事になった。
あずきは朝から昼の部と、夕方から夜の部があって。
8時から14時のシフトと、17時から、夜はお酒も出るから少し遅めの1時まで。
あたしは一切接客なしの、ひたすら厨房…しかも人から見えない位置での作業。
その辺は…おかみさんにお願いすると、快く聞き入れてもらえた。
…顔の傷を見られたくないので…なんて…
こんなので優遇されるなんて、どうかしてると思うけど…
まずは、ただ働く事だけ。
それで自信をつけたかった。
そして…おかみさんには、もう一つお願いした。
ここに連れて来てくれた紅美ちゃんにさえも。
あたしがここで働いてる事は、秘密にして欲しい…と。
正直、誰にも知られたくなかった。
あたしが作ろうとしてる、小さな外の世界。
まずは…本当に、自分の中で大切に育てていきたいと思ってたから。
時々、紅美ちゃんがバンドの人達と来てたようだけど、厨房の奥にいるあたしは会う事もなくて。
常連である、あたしの兄と、彼女の咲華さんが来て。
おかみさんが『お兄さん来てるよ』って教えてくれる事もあったけど。
それも…会う事はなかった。
仕事中だし。
唯一、あたしがここで働いてる事を知ってる兄は。
本当に誰にも言わずにいてくれてるみたいで。
あたしの小さな世界は、静かに…
ゆっくりとではあるけど。
育ち始めていた。
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