1

2/6
前へ
/58ページ
次へ
「朝子ちゃん、休憩入っていいよ。」 「あ、はい。」  仕事は…毎日とても楽しい。  それは、得意分野だから…って事もあるのかな。  決まった事をしてるだけだから、簡単って言えばそうなんだけど。  あたしの仕事先は…飲食店。  それも…  紅美ちゃんに連れて来てもらった『あずき』の厨房だ。  紅美ちゃんから。 「ここは何食べても美味しいんだよ。」  って言われて、あたしは天丼を食べた。  もう…一口で、その味に魅了された。  桜花の幼稚舎を勧められてたけど、あたしの『あずき』で働きたいって願望は日に日に増して…  …あたしは『あずき』に足を運んだ。 「募集はしてないんだよね~…」  と、渋るご主人を、一週間通って説得して。  何とか…働かせてもらえる事になった。  あずきは朝から昼の部と、夕方から夜の部があって。  8時から14時のシフトと、17時から、夜はお酒も出るから少し遅めの1時まで。  あたしは一切接客なしの、ひたすら厨房…しかも人から見えない位置での作業。  その辺は…おかみさんにお願いすると、快く聞き入れてもらえた。  …顔の傷を見られたくないので…なんて…  こんなので優遇されるなんて、どうかしてると思うけど…  まずは、ただ働く事だけ。  それで自信をつけたかった。  そして…おかみさんには、もう一つお願いした。  ここに連れて来てくれた紅美ちゃんにさえも。  あたしがここで働いてる事は、秘密にして欲しい…と。  正直、誰にも知られたくなかった。  あたしが作ろうとしてる、小さな外の世界。  まずは…本当に、自分の中で大切に育てていきたいと思ってたから。  時々、紅美ちゃんがバンドの人達と来てたようだけど、厨房の奥にいるあたしは会う事もなくて。  常連である、あたしの兄と、彼女の咲華(さくか)さんが来て。  おかみさんが『お兄さん来てるよ』って教えてくれる事もあったけど。  それも…会う事はなかった。  仕事中だし。  唯一、あたしがここで働いてる事を知ってる兄は。  本当に誰にも言わずにいてくれてるみたいで。  あたしの小さな世界は、静かに…  ゆっくりとではあるけど。  育ち始めていた。
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加