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「急にごめん。」 「いえ…早番だったので。」  昨日メールで会えないかと聞かれて…  今日は早番で14時までだったあたしは。  一度帰ってシャワーをして。  お化粧も…ちゃんとして…  服も…ちょっと、色々悩んだりして…  …楽しかった。  ウキウキしてる自分に気付いて。  待ち合わせたのは…あたしには初対面のつもりしかないけど…  東さんが言う『再会したベンチ』でだった。 「モノトーンが好き?」 「え?」 「いつも黒とグレー着てるから。」 「あ…に…似合わない…?」 「いや?似合うけど、俺的には朝子ちゃんはパステルカラーだなって思って。」  パステルカラー… 「…あたし、あまり明るいイメージじゃないでしょ…?」 「自分で決めてるだけじゃ?」 「……」  東さんはあたしをじっと見て。 「色々勉強するって言ってたっけな。ついでに冒険もしてみよーぜ。」  そう言って… 「えっ…」  手を取られた。 「なっ…」 「男と手を繋いだことがないわけじゃないよな?」 「……」  ないかも…。  あたしが無言でそう訴えると。 「…マジで?」  東さんは目を丸くした。 「…そんな経験もなくて…悪かったですね…」  つい、嫌味っぽい言い方になった。  だって…  あたしぐらいの歳の女が、みんな普通に恋愛して来たって決めつけてる…  そっちの方が、どうなのよ。  どうせあたしは…  何だか、ウキウキしてたのがバカらしくて、悔しい気持ちが湧いた。  ああ…  あたし、こういう所もちっちゃいよね… 「ごめんごめん。朝子ちゃん可愛いから、絶対モテるって思ってるからさ…」  東さんが、空いた方の手で頭を掻きながら言った。 「…え?」 「じゃ、俺が朝子ちゃんと手を繋いだ最初の男ってわけだ。」  東さんはギュッとあたしの手を握ると。 「今日は、こうしてていーか?」  もう…  絶対、嫌って言えないような…  笑顔を見せた。 「…そう言えば、初めてじゃなかったです。」  あたしが小さくそう言うと。 「ほら、やっぱあるだろ?」  東さんは笑ったけど。 「…先月の…イベントの時、東さんに…」 「…あ、あれかよ…」  帰るって言ったあたしに、東さんは最後まで見て帰れ。って。  あたしの手を取って…客席まで…。  たかが、連れ戻されるための行為だったのに。  あたしは、かなりドキドキした。 「…じゃ、これが正式に…初めての手繋ぎって事で。」  まるで…中学生みたい。  内心そう思いながらも…  あたしは、東さんの言葉に…  少しだけ、笑顔で応えた。 『朝子ちゃん可愛いから…』  東さんの言葉が、頭の中でグルグルと…  ああ、やだ…  あんなの…社交辞令だよ…  だって…  こんな、酷い傷が残ってるのに…  モテるわけないもん… 「…朝子ちゃん、顔に出過ぎ。」 「…え?」 「俺が言ったの、嘘って思ってんだろ?」 「え…あ…だ…だって…」  次の瞬間… 「…あ…東さん…?」  いきなり…抱きしめられた。  な…  ななな…  なんで…!? 「…朝子ちゃん。」 「…は……い…」 「君は何か理由があって、自分に自信が持てないんだろうけどさ。」 「……」 「俺は、初めて会った時から…ずっと朝子ちゃんに惹かれて…忘れられなくて…」 「……」 「今、こうしてるだけで…すっげー癒されてるんだぜ?」  …癒されてる?  あたしに?  抱きしめられた事にも驚いてるけど…  あたしに癒されてるって言われて…  言葉が出なくなった。  ただ…  心臓は…  かなり、うるさい。 「あたしの事知らないクセに、って言われるかもしれないけどさ。」  …まさに…浮かんだ言葉ではあるけど… 「俺、朝子ちゃんの事、好きなんだよね。」 「……」 「今まで気持ちを言わずに後悔してばっかだったから…早めに言う事にした。」 「…で…でも…早過ぎない…かな…」 「ははっ。早過ぎか。俺、焦ってんだろーな。」 「…焦る?どう…して?」  緊張して…  言葉が、ちゃんと出て来ない。 「さっきも言ったけど、朝子ちゃん可愛いから。」 「可愛くなんか…」 「可愛いよ。」 「……」 「もし…俺を受け入れてくれる気になったら…付き合ってくれないかな。」  何なんだろ…この展開。  あたし、先月婚約破棄したばかりなのに…  もう、違う男の人に抱きしめられて、ドキドキしてる…  だけど…  抱きしめられるのって…安心する。  特に…自信のないあたしは… 「…あたし…」  東さんの胸で、小さく言う。 「うん。」 「…自分に自信がないので…告白されても…騙されてるんじゃないかとか…」 「ま、仕方ないよな。まだ朝子ちゃんにとっては『会うのは三度目の男』だもんな。」  う…  そ…そうなのよね…  だけど… 「そうだけど…こうして抱きしめられるのは…なんだか…安心します…」  あたしは、素直な気持ちを口にしてみた。  こんな展開…嘘でしょ⁉︎って思う反面…  この腕の温もり…  憧れてたものだ。 「……」  東さんは、あたしを抱きしめる手に…少し力を入れた。 「そんな風に言ってくれて…サンキュ。」  耳元で…東さんの声。  ああ…ドキドキする…  あたし、根が軽いのかな…  だけど…  東さんを、もっと知りたい。  そう思ってるあたしもいる。 「……」  顔を上げると…至近距離で目が合った。  もう…心臓がおかしくなりそう… 「…いいの?」  目を逸らさないあたしに、東さんが言った。 「…え?」 「そんな目で見てたら…キスするよ。」 「あ…」  慌ててうつむこうとしたけど… 「もうダメ。」  東さんはそう言うと、あたしの顎を持ち上げて… 「我慢の足りねー男でごめん。」  少しだけおどけた口調でそう言って…  あたしに、キスをした…。
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