ふたり

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ふたり

 顔に当たる砂が痛い。今日は風が強く、ゴーグルに当たる砂の音もいつもより大きく聞こえてくる。それに伴いいつにも増して傷む髪。長らく放置し、腰下まで伸びきってしまった髪でも、それなりには大切にしてきた。まだ人間たちの間で男だの女だの区別がされていた時に「髪は女の宝物」だと言われ大切に扱うことが良しとされていた。そんな古い言葉の中にある宝物をこの身体に抱える気はさらさら無いが、何故か髪だけは他の身体の部位よりも大切にしていた。まあ、これだけ伸ばせば愛着も湧くだろうし、特に理由らしい理由もある訳ではないのだけれど。今日の手入れは時間がかかる、そう覚悟しながら先を急いだ。  散り散りになったこの街の上を蹂躙するようにして覆う砂。ザッザッと踏みしめるこの砂たちは一体どこから来たものだろうか。どこから来て、何を削ってここまで来たのか。どこまで歩いても変わらない景色の中で、変わらない日々。風が強いという、たったそれだけの小さな刺激でもそれは物思いに耽る大きな材料となり得た。しかし、そんな物思いもこの砂の上では油断となり足元を掬う。コン、と何かが足に当たって躓きそうになるのを耐えた。古く錆びた標識、だろうか。丸くなった角だけが砂から大きく飛び出して私の歩みを妨げようとしていた。本来ならば人を安全へと導く標識が、皮肉なものだ。 「ニア、ここ気をつけて」 「わかってるってば」  ニアはふい、と顔を背け、めいっぱいに足を広げて標識を跨いだ。ニアの背丈では上手く跨ぎきれないだろうと思い、手を伸ばしかけるがニアの嫌がる顔が浮かんですぐにやめた。最近、ニアは反抗期だ。拾ったばかりの頃には素直になんでも「うん」と答えていたのに、今では何に対しても攻撃的な言葉で返してくる。正直、どう扱ったらいいのか分からない。というよりも、面倒くさい。 「ニア、なんだよその態度」 「別に」  ニアにしては珍しく即答したと思ったらこれだ。それならなおさらその態度はなんなのだ、と問いただしたいところを、また抑える。ニアのペースに付き合っていたらこっちが疲れてしまう。適当に会話を切り上げ距離を置くことが最適解だとこの数日で理解した。ふいにゴーグルの隙間から入り込む砂が目に入って視界を遮る。本当に、今日は風が強い。 「今日は駄目だ。ここらで休もう。さっきの建物まで戻るぞ」 「え……」 「つべこべ言わず歩け。また埋もれたいのか」  少し言い過ぎた、と口を噤むが出て行った言葉は取り戻せない。そっと、ニアにバレないよう顔色を伺う。痛いところを突かれたのか、口を結んだまま大人しく歩いていた。さすがに今のは大人げなかったか。
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