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「ニア、クオリアって分かるかい?」
「クオリア?ううん、なにそれ。分からない」
ビルに到着し荷を下ろしながら尋ねた私の言葉に首を傾げるニア。私と君の見えているものなんて違っていていい。そして私は狩られてしまうような悪い魔法使いなのだから、こんな嘘をついて君に見せない世界を作ったっていい。そう思っていたら自然と口から出たクオリアの話。
「ニアにはこれが何に見えて何色に見える?」
ニアに見せたのは荷物の中から取り出した錆びたカメラ。
「錆びてる……黒いカメラ?」
「うん、そうだね」
そして私は再び尋ねる。
「その黒をニアなりに説明してごらん。その黒が、私が見ている黒と全く同じ黒なのだと証明できるかな」
「えっと……え、でも、もしかしたら田中には違うように見えてるかもしれないし、でもそれを説明したり証明したりはできないよ」
「ニアは本当に賢い子だね。そう、そうそれがクオリア。とても簡単に説明すると、だけどね」
この世界だって、ニアから見た世界と私が知り、そして見ている世界とではまるで違うはず。だからニアはニアのまま、今その瞳に映る世界を見ていてほしかった。汚いものを知ってもいい、醜くたって。けど私が隠してしまいたくなるような知らなくていいことは知らないままでいてほしかった。そんな私のワガママをニアはあっという間にひっくり返していく。
「田中、田中の黒はどんな黒?」
「え?」
「知りたい。全然違うのかも。わたしと田中とでは、知っていることも見ているものも全部。だから知りたい」
「はは、ニアには敵わないな」
「なにが?なんで?」
近くまで来て服の裾を引っ張るニア。私の知っている全てをニアが知ってしまったら、ニアはこの世界を嫌いになってしまうよ。例えこんな荒れた砂漠の地だとしても、まだ、それでも今生きている世界を好きでいて欲しいから。
「同じだよ」
私は嘘をつく。
「きっと、全くではなくても見えているものは同じさ。知っているものやことだって、生きてきた年数の違いに差があるだけだよ」
「……そうかな」
「さ、今日の夜をどう過ごすか考えようじゃないか」
話を逸らして荷物を漁る。高々と鳴るこの身の心の臓は、嘘をついたことに対してか、ニアの本質を見つめる瞳になのか、いつまでも暴れて落ち着いてはくれなかった。
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