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倒れかけたビルは、暮れ始めた夕方の風をよく通す。だからか数日前に寝床に使った建物よりいくらか寒く感じた。
このビルにも昔は大勢の人が足を運んでいたのだろう。非常口と書かれた看板が転がり落ちているのを見て過去の人混みを想う。
「田中、準備できたよ」
「あ、ああ、ありがとう。今日はご馳走だね、美味しそうだ」
今日の夕飯の係はニアだった。ニアが捕まえて作った砂漠ネズミのジャーキーはまだ半乾きだけど、それはそれで今だけ味わえる美味しさがある。ニアもそう思ったのか今日はスープではなく少し分厚く切られて焼かれたジャーキーだった。
「ニアは料理も上手いから、もっといろんな材料を使わせてあげたいところなんだけどね。草も生えないこの地じゃほとんど何も手に入らないから」
「別にこれでいい。上手くないし。ただ切って焼いただけだから」
「そんなことないよ。焼くのにだってコツがいるんだ。ほら、見てごらん、ニアの後ろに落ちてる看板。字はあらかた教えたから読めるだろう?」
「うん。難しい漢字以外は。えっと……生鮮食品?でも意味は分からない」
「生野菜や鮮魚、生肉などを売っていたんだ。ここはスーパーだったんだね。スーパーってのは、そうだなぁ、とにかく色んなものが売られていたよ。そういう食材の中には簡単な手順で作れる食べ物もあって、だけどそういうものでさえ私は全てダメにしてしまうんだ。こうして旅をするようになるまで料理なんてこれっぽちも出来やしなかったよ。今ですら、簡単なものしかできないしね」
「田中、料理苦手だもんね」
「あ、いま笑っただろう」
半笑いのニアは私の質問を無視して話を続けた。
「砂漠ネズミは生で食べれないの?」
「食べてみるかい?」
「……やめておく」
「賢明だね」
苦い顔をしたニアが首を振っているのがおかしくてこちらもつい笑ってしまう。こんなふうに笑うようになったのも、ニアと出会ってからだったな。それまではずっと一人で、ただ砂を踏みしめていただけだったから。だからこそ、こんなに笑うのが上手いままなのが自分でも驚きだった。てっきりこういうものは忘れてしまうものだと思っていたのだけれど。
「ニア、ありがとうね」
「なに、急に。気持ち悪い」
「冷たいなぁ」
「早く食べないと固くなっちゃうよ、これ」
「そうだね、食べようか」
声を揃えていただきますを口にする。これも、一人ではしてこなかった。すんなりと出てくるいただきますに、今というこの時間のやさしい重さが重なった。今がこのまま続くことはない、そう知っているのは私だけ。この弱った魔力のままではそう長くはもたないだろう。ニアを拾う時にはもう先が見えていた。それでも私は拾ってしまった。ニアを。責任なんて考えずに、最期を迎えることを悟った寂しさが手を動かした。徐々に鮮明になるニアを拾った理由、それが綺麗に見えてくればくるほどに、なんて自分勝手なのだろうと自己嫌悪に浸って溺れそうになる。ごめんね、ニア。君を拾ったのが私で良かったのか、ずっと考えているけれどまだ分からないままなんだ。
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