みえるもの

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 先に片付けを済ませて眠りについたニアを眺めながら、傾いた窓から見える月を見上げる。昼間は暑すぎて見上げることなんてできない空も、今ならこうして見ることが出来る。丸く、綺麗な月。今日は満月だ。昔から、あの頃から何一つ変わらない月は裏側を見せることなくいつだってこちらを見守りながら見下ろしている。ああ、聞こえているだろうか。月にいる兎に問う程にはセンチメンタルな夜だった。 「なあ、兎さん。私は正しかったのかな」  跳ねも喋りもしない兎は月の表面で踊ったまま夜の涼しい風となって地に降りる。 「あれだけ賑わっていたビルにふたりっきり、ましてや外には誰もいない。まったく、皮肉なもんだよ」  私の独り言に起きる様子も見せることなく眠り続けるニアの寝顔が私を少しだけ落ち着かせた。寝返りを打ったことでニアの身体から落ちかけていたブランケットを掛け直し私も横になる。  どこかの窓から吹き込む風が当時の香りを少し含んでいるような気がして、これ以上何も思い出さないように強く目を閉じて夜を受け入れた。  おやすみ、そう小さく呟いて。
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