かさ

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かさ

 この日はどの音もやけに大きく聞こえて、少しの衣擦れの音でさえ私を優しく刺激していた。また今日も行く宛てもなく彷徨うだけの旅に出る。広げた荷物を閉じて、背負って歩く。それの繰り返し。そんな生活に嫌気がさしたとでも言うのだろうか。いや、そんなはずは。そんな事が有りうると言うのなら、これだけ生きてきた長い人生の中でとうに飽きてしまっているはずだった。何も変わらないように見える毎日でも、些細な変化をこれまで楽しんできたではないか。  隣に座りながら私の顔色を伺っていたニアが恐る恐る言葉を置いた。 「田中、なんかイライラしてる?」 「イライラ?この私がかい?」 「ふーん、自分で気づいてないんだ」  よいしょ、と声に出して重そうに荷物を背負ったニアが呆れたような顔をして私を見下ろす。 「田中って案外子供っぽいよね」  あんぐりと口を開けた私の顔はさぞ面白かっただろうに、ニアはそんなことには触れず、昨夜寝泊まりに使った古い小屋を出ようとしていた。 「待ってニア、今私も行くから」  慌てて荷物を片付ける私を待つニアは本当に母親のようで、いつかに見た母親の顔を思い出した。イライラ、か。言われて気づいたが、確かにそうかもしれない。何故なのかの理由は分からないけれど気持ちは確かに沈んでいた。
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