かさ

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 己の先の短さを悟ってもなお不安になることがあるだなんて若い頃には思っていなかった。死を受け入れる準備を始めると同時に、不安なんてものは消えていくものだと思っていた。しかし、消えゆく自分の力と成長し続けるニアとの差異に日々不安が増すばかりだった。ニアが私を追い越して成長していってしまうのではないかという怖さが付きまとった。どこまでもいつまでも私は自分勝手なままだ。ニアを拾ったのだって私の勝手なのに、今は少しでいいから一人になりたいとそう思ってしまっている。そうして、思い出した傘の存在。それは声になりニアに伝わって、ニアが私の言動の奥にあるものをどこまで理解しているのかは分からないが、私にその「居場所」をくれようと、必死で傘を探している。砂だらけになった身体を少しも鬱陶しそうにせず、ただ真っ直ぐに、探している。 「ニア、もういいよ。やめよう」  私の言葉に耳を貸さないニアは砂で傷だらけになって血が出始めている両手を痛がることなく砂を掘った。合うサイズが落ちていないからとニアには手袋をさせていなかったことを後悔した。こんな事になるなら大人用のものを小さく縫い直しておくんだった。 「ニア」 「辞めない」 「言うことを聞くんだ、もう辞めよう」 「嫌だ」 「ニア!」  声を荒らげたことに驚き慌てて振り返るニアを見て、しまった、と思った。慌てて弁明しようにも何も思いつかず、ただ黙ることしか出来ない。そんな情けない私を置いて先に口を開いたのはニアだった。 「田中、起きた時からずっと辛そう。ずっと泣きそうなのを我慢してるみたい。だから、その傘ってやつがあればって思ったんだ。だから謝らない。わたし悪くない。ずっと我慢して何も言わない田中が悪いんだから。絶対、謝らない」  瞳が涙を吐くようにして流れる大粒の涙。この砂漠には決して雨なんてものは降らないのに、それでもこんなに綺麗な涙は流れるんだな、なんて呑気に考えてしまう。綺麗に透き通った大粒のそれは、この地に降る恵みの雨だった。足元に出来た少しの水溜まり。それはすぐに大地が吸収して、消えていく。 「ニア、ごめん。謝るから泣かないで。私が自分勝手だったよ、ごめんね。あともう少し一緒に探して、それでも見つからなかったらその時は辞めよう。またいつか歩いてる時にたまたま見つかるかもしれないし、ね?」  震えるニアの手を両手で包み撫でる。こんなに小さな手に何を背負わせているだろう。物分りがよく、物事を真っ直ぐに見つめることが上手い、しかしまだニアは子供だ。それを忘れて寄りかかってしまってはいなかっただろうか。少し落ち着いた震えに安心して頭を撫でてやればまた零れる大粒の、雨。私の胸元で大声を上げて泣くニアのこんな姿、初めて見たから、だからただ撫で続けることしか出来なくて。
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