かさ

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「……田中、傘、どうして好きだったのかもっと教えて。なんでそんなに悲しそうなのか、ちゃんと教えて」  ニアの体温で温まる胸の中、篭った声で私に尋ねるニア。どうして、どうしてだろう。私は今までずっと一人で、そこにニアが現れた。それからは二人で、一人では出来ないことも出来るようになった。久しく人と話すこともしていなかったから、話し相手ができたと思って嬉しかった。けど。 「私には窮屈な距離、だったのかもしれない」 「窮屈な、窮屈?わたしが邪魔だったってこと?」 「いいや、そうじゃない」  慌てて訂正する。そうじゃ、ないんだよニア。そして続ける。ニアに伝わるように。 「魔法使いとして生活していた頃は大勢の人達と関わったよ。それは決して苦ではなかった。しかし、魔法使いが忌み嫌われ狩られた後、私は何百年とずっと一人だったんだ。たまに誰かと会うことはあっても、軽く情報交換をして別れる、そんなことばかり繰り返していて、決まった一人とずっと生活を共にするのなんて本当に本当に久しぶりだったんだ。だから、かな。ニアを拾って、二人になったことでいつの間にか当たり前になっていた自分だけの距離感の中にニアを上手く入れてあげることが出来なかった」 「邪魔なのと、どう違うの?」  泣き腫らした目で訴えかけるニアは必死に、私に縋る。 「邪魔なんかじゃない。例え私がニアに差し伸べたのが気まぐれだったとしても、邪魔になるような、荷物になるような障害に自ら進んで手を伸ばすようなことなんてしないさ。なんせ私は自分勝手で冷たいんだ。ニアを少しでも必要だと思ったから、傍に置いたんだよ。ただ、そうだな、あ──」  考え込み、ふと見下ろした視線の先には見覚えのある骨組みが砂から顔を出してこちらと目が合うのを待っていた。 「──ニア、見てごらん。これ、掘れる?」 「うん。これ……傘?教えてもらった形と少し違う気がする」 「劣化して、骨組みだけになったんだ」  ニアが離れた胸元は少し涼しくて、ほら、こういうところが苦手なんだよ、と。そう教えてあげたくなった。二人、を突きつけられ続けることが私にはとても辛い。いつかニアより先に死んでしまうことが怖くなっていく、それが怖い。どこまで、ニアに話せばいいだろうか。 「田中、掘り起こせたよ、これ?」 「うん。上出来。これが、傘。本当ならここにビニールの布が付いていて、上から降る雨を防げたんだけどね。今は金属の骨組みだけになってしまったんだ」  ギギギと音を立てて開かれる傘。骨組みだけになっても傘の形を保ち続けているのは、この傘なりのプライドか。 「田中、差してみて」 「ああ」  ニアに促され肩にかけて差す、傘。そして私はゆっくり目を閉じた。まだ人がたくさんいた頃。道行く人々に押しつぶされそうになりながら、傘を差すことで自分のスペースを確保した。全員に等しく振られ鳴り響く雨の音も、傘を差せば自分だけの雨音が貰える。ザア、それだけでは表しきれないたくさんの音がこの傘を伝って私に響いた。それが、好きだった。 「おいで、ニア」  スペースを作ってニアを傘の中に入れ、目を閉じるように今度はこちらが促した。 「ニア、何か見える?何か、聞こえる?」 「……分からないけど、でも、本当に雨が降ってる気がする。本物の雨なんて見たことないけど、でも、そんな気がする」 「そっか」  ニアが入ったことで窮屈になった傘の中で、今みたいにもっと会話をすればそれは窮屈ではなく安心に変わったのかもしれない。私が何も話さないから、お互いがただ隣り合わせだっただけだから、だから狭かったんだ。もっと話し合ってお互いを知れば、こんなふうにニアの目を腫らすようなことには、ならなかったんだろう。 「ニア──」  私は話し出す。自分の今までを。そして、今思っていることを。ニアは目を閉じたまま黙って聞いてくれていた。ニアはただ、雨を感じながら私の話を聞いてくれていた。
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