ふたり

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「田中」 「呼び捨てにするなと何度も言ってるだろ」 「お腹空いた」 「あそこに着いたら飯にするからそれまで待て」  無言の反抗が背中から伝わってくる。反抗はするものの、その内容が空腹だというんだからまだまだ子供だ。おやつの時間をとっくに過ぎた日暮れ時に子供がお腹を空かせないわけがない。ニアの訴えはもっともなのだった。自分も胃のあたりが締められるのを感じながら、今日の夕飯を考える。砂漠ネズミのジャーキーはまだ残っているから、それを煮込んでスープにするか。  大きく崩れ倒れかけたビル街の奥へと沈んでいく夕日が一切の遮りもなく私たちを照らす。少し風が止んだ隙をついてゴーグルを外した。 「見ろ、ニア。綺麗だよ」 「昨日と一緒だし」 「はは、まあそれもそうか」  さっさとUターンして建物へ向かうニアを先に行かせ、もう一度そのオレンジを眺めた。ああ、カメラさえ壊れていなければ写真のひとつでも撮ったのに。道中、砂が入り込んで使えなくなってしまったカメラは今はリュックの中で重さとなって静かに眠る。私はそのカメラの代わりにゆっくりとシャッターを切った。大きく時間をかけて瞬きをすることで、この景色を切り取れるような気がしたから。 「田中、遅い」  こっちまでまた戻ってきていたニアに服を引っ張られ連れられる。はいはい、と返事をしてオレンジに背を向けた。確かに毎日同じ生活に飽きる私たちだが、どうしてだかあのオレンジだけには逆らえない。目を奪われ、足を止めてしまう。それをニアはとうに知っていてわたしを迎えに来たのだろう。 「お迎えありがとうね、ニア」 「別に。お腹空いただけだから」 「そっか」  素っ気ないニアの、私を引っ張る手がまだあの頃と同じ小さな手のままで私はひどく安堵した。
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