ふたり

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 身体を休められそうな建物まで戻った私たちは各々の荷物を広げスペースを確保した。これだけ形が残っている建物は今では珍しい。これなら夜に出歩く獣や身を削るような冷たく強い風からも身を守ることができるだろう。今日は久しぶりにゆっくり眠れそうだ。  適当に荷解きを済ませ、私から少し離れたところで荷物を広げていたニアに砂漠ネズミのジャーキーを手渡した。 「ほら、おやつ」 「別にいらないし」 「腹が減ったっていってたじゃないか」 「それはさっきの話だもん」 「いいから、食べときなさい。まだ夕飯ができるまで時間がかかるから」  ふてぶてしく返事をして受け取ったニアは部屋の隅に行って背を向け食べ始める。反抗期もここまでくると逆におかしくなってしまうのだけれど、笑ったりでもすれば逆鱗に触れることは間違いなしだ。上手くコミュニケーションを取る事を諦め夕飯の支度につく。ストックしていた水を鍋に入れ、ライターで火をつける。これらの道具は全て旅の途中で拾ったもの。どこかの誰かが使っていたであろう、この街の欠片。それを拾うことでようやく私たちは生活が出来ている。言い換えれば、拾うものが無くなれば生活も保証はできない。気まぐれに拾った子供一人を養っていくのは楽ではなかった。私一人であればその辺で野宿でもして三日ほどなら何も食べなくても平気だが、子供を育てるとなるとそうはいかない。きちんとした睡眠と栄養が何よりも大事だった。だからこそ、こんな生活がいつまで続くか、仮に私が居なくなった後にでもニアが生きていけるように。多少嫌われてでも口うるさく色々なことを教えていく必要がある。  ボワっ、と火がついた一口コンロの火をじっくりと眺め、また物思いに耽る。お湯が沸けるまでの数分間、今日や昨日を振り返って答えの出ない問いを続けるのが私の趣味だった。火に当たりモヤがかかり始める思考の中で、ニアを拾う前のことを思い返す。あの頃は気楽だった。だが、孤独でもあった。どこまで歩いても人と会うことは無く、この退廃した街の中に落ちた人々の生活の欠片を拾い集めて生き抜くことしかできなかった。生きている心地なんぞ、全く。いつだったか見つけた小さな花も、それを見守るために隣に張ったテントで生活しているうちに花はあっけなく枯れてしまった。もっと前を遡れば、人と暮らしていたことだってあったが、みな私よりも先に死んでいった。何度も何度も送り出してきたからこそ、ニアを拾うことに躊躇が無かった訳では無い。拾ってしまえばいつかは枯れ、そして死ぬ。そんな様をもう見たくはなかったのだ、しかし、気まぐれはそんな私を突き動かした。 「ねえ、田中って魔法が使えるんでしょ」  物思いの中に入り込んできたニアの声にたじろぎながら咳払いをして返事をする。 「ああ。けどもうだいぶ弱っているから使い物にはならないよ。火だって付けられないしね」 「何ならできるの?」 「はは、何ならって……そうだなぁ、見た目をこのままに保つことくらい、かな。まあ、いつか使う時が来たら教えるよ」 「ふーん」  ニアはそれっきり聞いては来なかった。本来の私の姿が実際の見た目よりも老けていると聞かされていること、魔法が使えなくなり始めていること、それらから私の先の長さを悟ってニアなりに何かを感じ取っているのだろう。指先のささくれを気にしながら、ニアは膝を抱えて静かに目を閉じた。外はまだ強い風が吹いている。時折、建物を揺らす大きな風と隙間から入り込む砂。そんな中で私とニアだけがガスコンロの火の光に照らされゆらゆらと大人しく揺れていた。いつか見た大きな暖炉を思い出し、少し心が休まるような気がして、ニアに優しくしたくなってしまう。それが伝わるかどうかはニア次第だが、至極優しい声で名前を呼んだ。 「ニア」 「ん」 「さあ、食べようか。こっちにおいで」 「うん」  何も言わずとも隣に座ったニアは両手を合わせていただきますと声に出した。それに倣って私も声に出す。温かなスープが優しく身に染み渡る。喉を通って胃を温めていくスープは次第に足元から眠気を引き連れて上へと登ってくる。ニアと共にスープを飲み干す頃には、ふたりともが、とろんとした目を抱えて座っていた。 「そろそろ寝ようか」 「うん」  眠くなると言葉数が減るのは出会った頃から変わらないらしい。この時間になれば反抗も穏やかなものになり、あの頃のニアのように素直さが戻る。ふと意識よりも先に手が伸びていた。ニアの綺麗に整えられた長い髪に触れ、砂埃を取るように何度も撫でる。目を閉じたままそれを受け入れるニアはこくり、こくり、と船を漕いでいた。 「ニア」  返ってこない返事に、毛布をかける。私の膝の上で寝てしまったニアを起こさないよう、最低限の片付けだけを済ませて私もその場で目を閉じた。明日は、風が和らぐといいな。洗濯も、できたらしよう。その間にニアには砂漠ネズミの捕獲を手伝ってもらって……そしたら……。  この空間の纏う温かさがいつもよりも早く眠気を引き連れる。そろそろ、私も眠るとしようか。膝の上で抱えたニアの温もりに、いつか手放し見送った人々の温もりを重ねてしまえば感傷はすぐにやってくる。ああどうか、ニアだけは。せめてこの子が大きく成長するまでは守ってやれたら。  ニアの髪をもうひと撫でだけして、私もゆっくりと深くへ潜り込んでいく。  外ではまだ、強く風が吹いている。
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