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でんわ
朝になれば風は弱まり、昨日とは打って変わって茹だる暑さだけが残っていた。これならまだ風があったほうがマシだったかもしれない。既に汗ばんでいる首筋に不快感が張り付いた。手首に付けていたゴムで髪をひとつに括り、微かに漂う風を通す。朝でこれだけ暑ければ昼にはもっと暑くなるだろう。できればそれよりも先にどこかに隠れて太陽が傾くのを待ちたいところだが。膝の上でまだ眠っているニアの身体を揺らして朝を伝える。
「ニア、ニア起きて」
「んん……」
「早く移動しないと暑さで昼には野垂れ死にだよ。この建物の探索を済ませて早く次へ移ろう」
「うん……」
目を擦るニアの顔に反抗期の欠片はひとつもなかった。あまりに素直すぎる寝起きのそれが愛おしくて、両の頬に手をやり顔を押しつぶす。
「やめてよ田中っ」
「はいはい」
私に押しつぶされたままもごもごと文句を言うニアは、凹まされたかたちを元に戻すかのように頬を膨らまし、反抗を取り戻す。そうこうしているうちに目が覚めてきたのか、何事もなかったかのように膝の上から身体を起こしたニアはまたそっぽを向いてしまう。そんなニアがおかしくて笑ってしまえば「何笑ってんの!」とまたニアが怒る。私の緩んだ頬を見たニアは、めいっぱいの怖い顔をしてこちらを睨んでからもう一度わざとらしくふいっと顔を背けた。
「ごめんってば。ほら、行くよ。準備をしよう」
「……ん」
ニアが可愛くてついからかってしまうのも考えものだ。あまりいじめ過ぎても可哀想だと分かっているのに、つい年甲斐もなくちょっかいを出してしまう。もう何年も人と行動ををともにすることがなかったからか、これほどまでに露骨に機嫌が良くなってしまうのが自分でもおかしかった。受け取ってもらえるかどうか分からなかったが、せめてもの謝罪の証としてポケットからジャーキーを取り出し食べやすいようにちぎってニアに渡す。
「ニア、仲直りをしよう。ほら、これで許してくれるかい?」
「そんなんで別に許すとかじゃないから」
「そうだね、ごめんね。でもほら、起きたばかりだ。お腹、空いてるだろう?」
数秒沈黙を抱えた後にニアは手を伸ばす。
「たくさんお食べ」
「たくさんって……こんなに食べて無くならない?」
「大丈夫だよ」
「ならいいけど」
「どうせニアにたくさん捕ってもらうからね」
「……げ」
既に口いっぱいに放り込んだジャーキー。もう後には引けないニアは観念して私よりも大人な笑顔で笑った。
「……しょうがないなぁ」
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