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そんなニアを見て、微笑んでしまっていたのだろう。私の顔を見てなにかに気づいたニアは、まだ何も聞いていないのにそっけなく「別に」と答えた。糸電話から聞こえてくるその「別に」は、そっけないはずなのにいつもよりどこか少しだけ優しくて、この行為自体がくすぐったい私にとっては何故だかそれが増したようにも思えてしまった。
「直接話すだけじゃ駄目だったのかな」
それしか人と話す方法を知らないニアが問う。なぜ、直接話すままではいけなかったのだろう。それは問いの角度を変えれば簡単に分かる答えだった。人の会話は直接話すことから始まった。目の前の人と音や身振り手振りでコミュニケーションを取りそして言語を会得していった。人類の進化と共に文明は進化し、この落ちていたスマホのような機械を作り出すことに成功し、ようやく遠くにいる人とも話せるようになっていった。だから答えはきっとこうだ。
「そうだなあ。自由、だったんだろう。昔の人は。会話をする距離を選べるほどには自由だったんだ」
「じゃあ今のわたしたちは自由じゃない?」
言葉に詰まる。今の私たち、か。
「自由さ。どこまでも行けるんだ。選び放題だよ」
「屁理屈」
「はは、屁理屈で結構結構。自由ならそれでいいんだよ。ニアもそう思うだろ?」
糸電話の糸をくるくると指に巻き付けて遊ぶニアの横顔は出会った頃よりも少しだけ大人びているように見えて、何故か物悲しくなる。子供のようだったり、ワガママだったり、私よりも大人だったり。そうやってコロコロと表情を変えていくうちに大人になっていってしまうんだろうな。
「田中と居れば自由だと思う。わたし、ひとりじゃ何も出来ない」
「そんなことないよ」
「分かってるもん、自分のできることくらい。こんな所でひとりじゃ生きていけないよわたし」
「そっか」
ありがとうと直接言われるよりも照れくさく、今度はこちらが顔を背け目を逸らしてしまう。糸電話を持ったままこちらを真っ直ぐに見据えるニアの目はこんな砂漠の中でも綺麗な青色。
「行こうか、ニア。少し遊びすぎたね」
「うん」
ニアが寄りかかっているように見えて、実のとこ私の方が。さっきの会話を反芻して、そう自覚する。
「本当、厄介なものを拾ったよ」
「なに」
「ふふ、なんでもないよ」
ザッザッと踏みつける砂が鳴る。いつからかそれは二人分になって、リズムは狂うのに調子は狂わないまま。不思議な気持ちだった。これだけ生きていてもまだ分からないことがあるもんなんだな。事実、こうなってしまった世界の理由なんて少しも分からないままなのだから、それもそうか。
田中、と後ろから急に呼ばれ自分が立ち止まっていたことに気づき、再び歩き出す。また物思いに耽ってなにかに躓かないよう、ニアの手を引きまっすぐ前を向いて歩きはじめた。ああ、本当に今日に暑いな。
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