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「あと、そうだった。お前の嫁さん、入院したんだったな。ほら、見舞金だ。悪いな、袋に入れてなくて」
財布からくしゃくしゃの一万円札を寄越してきた。一番最悪なタイミングだ。運転手は「私は何も見ておりません」と言わんばかりに、無駄にワイパーを動かしている。嫌な想像をしたのは明らかだ。
「あ、有難うございます」
「お返しはいらんからな」
真に受けて何もしないと、のちのちずっと俺を笑い物にするだろう。
「ーーはい」
くしゃくしゃの一万円札を財布にしまうのを苦戦していると、社長が何かを呟いた。
「何です?」
「ーーうんこしたい」
「はあ?」
「急に便意が」
「あと二十分で駅に着きますから!」
紫色の顔で、「頑張ってみるが」と呟く声には力が無い。慌てて携帯電話でコンビニや道の駅を探す。
「次のバス停で降りたらコンビニに行けますよ」
「た、頼む」
いよいよ鬼気迫る表情の社長を励ましながら、バスを降りる。運転手が同情の視線を投げて寄越すのを、曖昧な笑みで返した。本当は泣きたい気分だった。
「そこにコンビニが!」
「よし。行ってくる」
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