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どんどんと食堂から離れて、河邑さんが私の手を離したのは、事務棟の近くまで来た時だった。
「あの、出席……どうしたらいいですか?」
紙か何かに書いたらいけるのかな?
「嘘だよ。」
「えっ?」
「あんなの嘘に決まってるだろう。」
「えー!?」
何で?じゃあ何で?何のため?
「あの顔やめろ。」
「あの顔?」
「普段は楽しそうに笑ってるくせに、急に不安そうな顔するだろう。」
河邑さんは困ったように溜息をついて、私の頭に掌を置いた。
「一学生ですよ。」
「一学生だよ。でも、毎週会いに来て、嬉しそうな顔をして俺に質問して……その子が今にも泣きそうなのに知らない顔はできないだろう。」
「王子様!」
抱きついていた。河邑さんに。正しくはしがみついていた。初めての好きな人の胸は温かくていい匂いがした。
「おいっ、こんなところで抱きつくな。」
「嫌です。好きです。河邑さんしかいません。」
「君は一学生だよ。」
「いいです。私の王子様は河邑さんだもん。」
「だから、その王子様っていうのやめろって。」
絶対ないって思ったのに。腰に河邑さんの腕が回って髪に彼の指が通るのを感じた。
「質問!ひとつだけいいですか?」
「何?」
「か、彼女いますか?」
聞きたくて、でも、ずっと聞けなかったこと。
「いないよ。彼女いて、彼女以外の女を抱きしめるわけないだろ。」
「……ふふっ…そうなんだ…ふふっ…。また明日も会いに行きますね。」
「明日、土曜日だから大学休み。」
「あっ!」
河邑さんの胸から埋めていた顔を上げたら、困り果てているのに、受け入れてくれている顔がそこにあった。
「月曜日の夕方ならいつも通りデスクで仕事してる。」
「……やっぱり河邑さんは優しいですね。」
「その評価は間違ってるとは思うけど。」
そんなことない。私にとって河邑さんは他の誰よりも優しい人だ。
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