806人が本棚に入れています
本棚に追加
❇︎❇︎❇︎❇︎
私、正木美織は今日も元気です。
「河邑さん!」
事務棟 学生課ではすっかり私は有名人になってしまったのだが、みなさん優しい方ばかりで受け入れてくれている。
「美織ちゃん、ごめんね。河邑は休憩に入っていて、今いないのよ。そのうち戻って来ると思うんだけど……。」
田中さんが目の前に掌を立てて、ごめんねのポーズをしている。
「そうですか……じゃあ、また明日にでも来ます。」
残念だけど、約束をしているわけではない。私が勝手に来ているだけだ。だから、空振りもあると言うことは、いつも肝に銘じている。
田中さんにお礼を述べて、事務棟を出たら、少し離れたところから、こちらに向かって歩く河邑さんの姿があった。
5月も半ばになって、連日、20度を超えるようになったからだろう。河邑さんはスーツのジャケットを脱いで、カッターシャツで仕事をする日が増えていた。
そんな彼に声をかけようとしたが、思わず躊躇ってしまう。隣を小柄な可愛らしい女性が、ピンヒールのパンプスを慣れた様子で履きこなして歩いている。首から河邑さんと同じ社員証を下げているので、この大学の職員なのだろうけど、すごく親しげに話をしている。
「会うのは明日にしよう。」
邪魔をしたらダメだ。河邑さんの隣を歩く女性が彼女でないにしても、部外者の自分が割って入る場面ではない。
自分だって学部やサークルの男の子と話をするし、講義の合間に二人で甘い物を食べに行ったりする。だから、自分より大人の河邑さんに、親しい女性がいても何ら不思議ではない。
ああ言うのがタイプなのかなぁ。膝上のレースのタイトスカートにVネックのセーター。服で上手に隠しているが、胸はふくよかで、美人よりは可愛いタイプだ。ついかまってあげたくなるというか。
自分とは正反対。我が家は細身の家系だ。身長もそこそこあるから、小さくて守りたいってキャラでもない。あ、でも、三姉妹の中では私が一番胸はある。そこで張り合っても仕方ないんだけど。
帰りに有栖ちゃんの家に寄って、洋服を選んでもらおう。河邑さんの隣を歩く女性のことを全然気にしていないって言ったら、それはやっぱり嘘になるのだ。
最初のコメントを投稿しよう!