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その後で知ったことだが、河邑さんは学生の中ではかなり有名な職員さんだった。
「いい人だって言われてるよ。相談事も親身になって聞いてくれるし、それにイケメンで話も面白いって。」
と、理亜が教えてくれた。後期試験でこの大学に合格した子が、下宿先が見つからなくて困っていた時も、最後まで探すのを付き合ってくれたそうだ。
その時、私はブラウスの話をすることはなかった。ただ、特別扱いは自分だけではなかったんだと思うと、残念な気持ちが湧かずにはいられなかった。
王子様は誰にでも優しいんだ。
学生課の河邑梓さん。柔らかそうな髪。細身の長身。スーツが似合う。八重歯が可愛い。知っているのは見た目だけ。年齢すら知らないのだ。
ブラウスを取りに行った時も他の職員の方と談笑していた。
大学には講義棟とは別に3階建ての事務棟があり、学生は1階だけ入ることができる。1階には教務課と学生課があり、教務課は主に講義関係の担当を、学生課は大学生活や就職関係の担当している。どちらも窓口があり、そこでまず用件を伝えることになる。
なので、私も窓口の担当をしている女性に河邑さんに用事があることを伝えた。
「ちょっと待っててね。」
そう言って、小柄な丸縁眼鏡をかけた女性は、河邑さんの元に駆けて行った。
「河邑、学生さん来てるよ。あんた、学生をたぶらかすなって言ってるでしょ!」
相手は河邑さんの先輩なのか、河邑さんは頭をかきながら「違いますよ。」と敬語で否定している。
「ボランティアです。」
「だから、あんたのそう言うところが学生のファンを増やす原因なんだって。チャラいのはプライベートだけにしてよ。」
「心外です。俺、全然チャラくないっすよ。」
「どこが!つい先月も女の子泣かしてたでしょ。」
「見てたんですか?」
聞いててもいいのだろうかと思っているうちに、河邑さんが私の元に来て、紙袋に入ったブラウスを差し出した。
「どうぞ。もう乾いたよ。」
「あの……」
このまま私も一学生になってしまうのだろうか。そんなこともあったなぐらいの……
「王子様です。」
そんなの嫌だと思って、咄嗟に出た言葉に先程の丸縁眼鏡の女性が吹き出して、大笑いした。
「お嬢さん、王子様なんてこの人にはもったいないよ。本当の王子に怒られるわよ。」
「君さー……」
そんな彼女に「あっち行ってください。」と手で合図をしてから、河村さんは困ったように小さく息を吐いた。
「いきなり何を言ってるの?」
「助けてくれた時に思ったんです。この人が私の王子様……運命の人だって。」
「ちょっ……ちょっと待って。一旦落ち着こうか。」
「落ち着いています。」
だって、この人以外に絶対にいないと思うのだ。直感でそう思うのだ。
「なので、また会いに来ます。これからよろしくお願いします。」
「あのねぇ……」
河邑さんは何か言い返そうとしたが、ここで追い払われてたまるものかと思って、「では、また!今日はありがとうございました。」と手を振って立ち去ってやった。
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