灼熱の島国

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灼熱の島国

 授業中。真夏のごとき蒸し暑い教室で、僕は先生にある疑問を投げかけた。 「どうして人間はこの星に生きているのですか。それで、人間は死んだらどうなるのですか?」  すると先生はこう答えた。 「人間が生きている意味は、ありません。ただ偶然に存在しているだけです。 人間は死んだら完全に何もかも消えます。死後の世界は存在しません。 宇宙は偶然に発生し、私たちが今住んでいるこの星も、私たちそのものも偶然に発生しました。 そう、この宇宙に存在するすべてのものは、たまたま偶然に発生して存在しているのです。 ごく当たり前のことに思えるけど、偶然なんです」  先生が答えると、他の生徒たちも反応した。 「なんて奇跡なんだろう」 「偶然に感謝しなくちゃ」  宇宙のすべては偶然によって生まれたという、この偶然神話を、誰もが信じていたのだ。 「今日も暑いな」  僕は独り言を呟きながら授業を受けた。放課後になっても暑さは弱まることを知らない。  下校の準備をしていたとき、教室では集団が一人をいじめるいじめが起きていた。  僕は見ていない振りをしてその場を立ち去ろうとするものの、いじめっ子たちに目をつけられてしまう。 「ちゃんと理由や目的があって宇宙も人間も何もかも神様が作ったってさ、こいつ、いい歳してこの子供っぽい思考回路なんだよ? お前もこいつのこと頭おかしいと思うよね、ね?」  内心ではいじめに抵抗感を感じていたが、いじめっ子から脅され、仕方なく僕は被害者を彼らと共にいじめてしまった。  夕方、被害者をいじめた罪悪感に浸りながら、炎天下の帰路を歩き電車に乗った。  電車の中もやはり蒸し暑かった。ぎゅうぎゅう詰めの満員だったことがさらにその暑さを増幅させた。  乗っている人はみんな、疲れた顔でいらいらとしていた様子だった。  僕のすぐ隣の老人は困り顔をしていた。老人の前には、二人分の席を寝転がって独占する男性がいたのだ。  涼しい顔をする男性を見て僕は、憤りと同時に自分もさっき同じようなことをした後悔を感じた。  家に帰っても、後悔は消えず。なぜ断れなかったのか、とくよくよした。  なんとなくテレビをつけると、ニュースが流れていた。そこでは、温暖化問題が扱われていた。 「温暖化問題は急速に深刻化していくばかりで、改善するめどは立っていません。近い将来には海没が起こりこの国にはもう住めなくなる可能性が、専門家によって指摘されています」  他にも、「いじめ」「自分しか考えないマナーを守らない迷惑な人」の社会問題も、深刻化していると報道された。 しかし僕は毎日のような当たり前のことだと、あまり気にしなかった。  それから僕は、被害者をいじめつづけた。僕の被害者に対する嫌悪も徐々にだが強まっていった。  ある日の放課後、僕がいつもどおり帰路を歩いていると、そこへ謎の人物が現れる。どことなく神秘的で奇妙な雰囲気を感じさせる謎の人物は僕に、自身が開く講義のチラシを渡した。  チラシには、「人生を有意義に生きる方法」という題名が書かれていた。 最初こそ怪しいと思いつつも、次の休日には特に予定もやることもないので、講義へ行くことにした。  当日、講義の時間になり、会場へ講師が来た。講師はあいさつを済ませ、聴衆に質問をした。 「今、皆様は素晴らしい人生を過ごせていますか?」  まったく違う、と聴衆のほとんどが身振り手振りで答えた。 「ありがとうございます。 ところで突然ですが、今あなたが住んでいる惑星は偶然にできたのでしょうか? 偶然というのは、意志や計画性が全く無い結果のことです。 例えば、鳥がたまたま偶然出来たと仮定しましょう。 あなたは自然に存在する鳥と、人間の作った飛行機のどちらが、優れたテクノロジーで作られていると考えますか?」  飛行機の方に決まっている、と聴衆のほとんどが答えた。  しかし講師は「それは間違いです」と否定した。   「なぜなら、鳥より優れた飛行機を作った人間なら、飛行機より劣る鳥を作ることは簡単だからです。   でも人間は、いちから鳥を作ることは出来ませんね?  空を飛び、餌を食べ、寝たり鳴いたりする本物の鳥を、いくら頑張っても作れないでしょう。   ということは、飛行機より鳥の方が、優れたテクノロジーを駆使して創られたということ。 もし鳥が偶然生まれたなら、飛行機も偶然生まれたという理論になります。   つまり、この世界、そして私たち人間は偶然に出来たのではなく、ある目的を持って創られたということです。 宇宙を、この星を、人間を創った意識体を、私たちは創造主、または神様と呼んでいます」  神様という言葉が出た。この島国では宗教は法律によって厳しく禁止されており、もしも布教活動をすれば逮捕される。  たったの数人だけだが、反発を持った聴人がざわめき始めた。ようやく静かになったところで、次の話へ移った。 「この世界は摂理に支配されています。私たちが科学法則と呼んでいるものは摂理の一部なのです。 すべてのものは摂理から逃れることができません。 すなわち摂理に従えば良いことが起こります。 逆に摂理に逆らえば、その反動で悪いことが起こります。 わかりやすく言えば、良いことをすれば良いことが起こり、悪いことをすれば悪いことが起こる。 やったことは必ず返ってくるのです」  僕ははっとした。自分さえ助かればどうでもいいといい、許されるべきでない愚かなことをした、思い当たりがあったからだ。 「ところが今、摂理の存在すらまったく知らずに摂理に従わない人が多すぎるのです。 そのために社会では争いや犯罪が絶えず、温暖化問題も深刻化しているのです。 道を外れる人が多くなれば多くなるほど悪いこともどんどん増えていきます。 こうして極端に乱れたバランスを直すために、自然災害が起こるのです」  聴衆は、再びざわつく。どうしても"布教のための宗教活動"にしか見えないし、空想じみたおとぎ話にしか聞こえないというのだ。中には、講義内容に難色を示し激しく反発する人も、いくらかいた。文句も次々と聞こえてきた。 「いや、宇宙も人間も偶然発生した。そのことは学校の義務教育で教えられてきたことである。なぜ根拠のないくだらないことを言うか!」 「人間には元々生きる目的はない。だからこそ、何をしても許される!」 「空想じみたこと言うな。法律で禁止されていることだぞ、警察に言いつけるぞ!」  それに対して、講師は落ち着いた調子で堂々と反論。 「確かに、私の言う事は間違っている。普通と違い、空想じみている。 法律違反していて、世間一般に受け入れられやすいものではない。 そして、私は犯罪者だ」  しかし聴衆は大人しくならない。 「自分で自覚しておきながら、何ふざけているのか!」 「だから当然、あなたたちは私のいうことを聞かない。受け入れない。認めない。許さない。それから、私を弾圧しているのだ。 ただし、それはあくまで政府や警察、そしてあなたたちの一般常識から見れば間違っていることである。それはこの世界の創造主、すなわち神が決めたことだからだ。 事実は変えることができない。どんなに科学技術が発達しようと、我々の都合の良いように変えることは不可能だ!」  講義の途中にもかかわらず、そこへ警察が乱入し、講師を連行しようとした。講師は、政府から指名手配されていたのである。講師は警察にもう少しだけ待ってくれと必死にお願いした。 「多くの人は自分の人生のほとんどの時間をムダに過ごしている。  人生の目的、目標、意味、自分の人生の行き先が分からず、迷路にはまって迷子になっている。   そのために何が善で何が悪かも分からず、自分が有利に生きれるように価値観を作り上げ、自分の価値観に当てはまらないものは排除する。 そのような自己中心的な思考というものは摂理に反することです。摂理に反する行いをすると、それ相応の結果というものが返ってきます。 最後に言わせてください。 人生を有意義に生きるとは、意義のある人生を生きること。 ここで言う意義のある人生とは、自分から見て意義や価値があるのではなく、他人から見て意義や価値があるという意味です。 深刻な温暖化問題の危機を救うのも、悪化させるのも、最終的にはあなたたちにかけられているのです!」  そう強く訴えながら、講師は警察によって強制退場させられた。  数日後の放課後、僕は勇気を振り絞り、いじめ仲間たちにいじめから脱退することを宣言する。 「自分たちの行いは必ず返ってくる。いやな思いをしたくないならすぐに、いじめをやめろ。それが自分の身のためだ」  当然仲間は馬鹿にし、罵った。 「変なこと言うな、お前はこんな頭おかしいやつの味方になるというのか!」  しかし僕は怯まず、被害者を庇い続けた。 「君は頭のおかしい人ではない。常識をうのみにせず、自分の考え方を大切にできる人だ。 僕は君の味方だ。でも、僕一人だけじゃない。君が見えないだけで、周りに君の味方はいるはず。 その人たちは君と同じく、普通と違う考えを持っていて、そのせいで差別されて苦しんでいるだろう。 今は普通じゃなくても、やがてそれが常識になる時代が訪れるのかもね」 おわり
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