宇宙の再誕

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宇宙の再誕

 ここには何もない。  光も見えない。音も聞こえない。  太陽も、地球も、何もない。  生き物も、人間も、誰もいない。  友達も、家族も、一人もいない。  あったのは、闇、孤独、そして私一人だけ。  ここは真っ暗な無の世界。  悲しいことは何一つなかったけど、嬉しいこともまったくなかった。  少しも苦しくなかったけど、少しも楽しくなかった。  笑いも涙も、怒りも喜びも、好きも嫌いも、なかった。  どうしてかというと、何も起こらなかったから。  本当に何も起こらなかった。  何もない空白の時間が永遠に流れるだけだった。いや、時間の流れそのものすらなかった。  だから、何も起こらない。  そして、何も動かない。  時間はもちろん、自由に動くための空間もなかったから。  私は、動くことも話すことも、食べることも遊ぶことも、感じることも考えることも、何もできなかった。  ただ、一度も目を覚ますことなくずっと眠っていただけ。  ところが、永遠に近しいほどの長き眠りも、そう長く続いたわけではなかった。  あるとき、私は生まれて初めて目を覚ました。  絶対に聴こえるはずのない声を聴いた、瞬間のことだった。  声がした方向を向くと、絶対に見えるはずのない声の主の姿もあった。 「こんにちは」  その言葉が、私が初めて聞いた彼の言葉……音である。  それからというもの、彼は、たくさんの楽しく面白く素晴らしい話を私に聞かせてくれた。  まず一つ目は、大切な人の話だった。  彼は生まれたその瞬間から、『家族』という存在によって大切に育てられてきたという。  生まれてしばらく、彼は家族とともに過ごす日々を長い間送った。その中、家族は彼に対してときに優しく、ときに厳しく、接した。どんなときだろうと、家族は何よりも彼を愛していたのである。 そして彼も、家族の存在を必要としていた。  少し大きくなると、今度は定期的に家族の元を離れ、『学校』という名の新たな場で過ごすようになる。  そこには、『友達』がたくさんいた。彼曰く友達というのは、一緒に遊んだり楽しく話をしたり、ときに喧嘩をしたりする存在である。友達も家族と同じくらい、彼にとって必要な存在だったのだ。  このように彼には、家族や友達という存在がおり、いつも彼を支えてくれていたという。  家族は、暖かい食事を作り、子守唄を歌い、愛を注いでくれた。  友達は、元気を出す言葉をかけ、困った時には寄り添い、優しさを注いでくれた。  彼と、家族または友達とは、お互いに支え合いながら仲良く暮らしていたのだ。  ところが、ある頃を境に友達は、彼が失敗するといつも嫌味を言ってくるようになった。  同じ頃、家族も、彼に対して同じことを何度も言ってきたり、優秀な周りの子供と比べたりすることが多くなった。  そのことに彼は、日に日に耐えられなくなっていった。不満はついに爆発し、彼は家族や友達を含むその世界すべての人々を何らかの手段で消してしまったという。  なお、具体的にどのような方法であったかはまったく覚えていないらしい。  最初のうちこそ、人間関係から解放され自由を満喫した彼。  しかし日が流れるにつれ、自由が得られたことへの満足感は急速に薄まっていく。代わりに寂しさや孤独はどんどん強まっていく。  叱ってくれる、世話してくれる家族もいない。笑い合える、話を交わせる友達もいない。  すなわち、共に感じ合う人が誰もいないのである。  彼は後悔した。そして、家族や友達がいることの大切さを初めて知った。  話は変わってもう一つ、夜と昼の話。  その昔彼は、昼が大好きだった。  友達と遊べる、好きな場所へお出かけできる、とにかく自由。さらに太陽という明るい物体が空に出ているので、暖かく明るいというのもあった。  逆を言えば、夜は大嫌いだった。  太陽が出ていないので暗く寒く、昼に比べ危険も増える。だから自由に外出はできなくなる。夜は大人しくしていないといけない厳しくて退屈な時間だったのだ。  昼という時間、夜という時間、二つの時間は交互に彼の世界を訪れていた。  しばらくはこのような繰り返しが規則正しく続いていた。  お陰で彼は、家族や友達と平和で楽しい日々を送ることができていた。  しかし穏和な日常もそう長くは続かなかった。  彼の住む土地に、巨大な隕石が凄まじい速度で衝突。  その衝撃によって、地震や津波、火山噴火が世界のあらゆる場所で多発。  彼とその家族と友達は安全な場所へ避難したので助かったものの、犠牲者や被害が莫大な数となり、世界は混乱と不安に陥ってしまう。  その後も猛烈な自然災害は収まることを知らず、彼は日常が失われた不安と命の危険の恐怖をますます募らせるばかりであった。  不安と恐怖はやがて理不尽への怒りと憎しみへ変わる。  そのことがきっかけで彼は、地震を起こす原因となる岩盤、津波を起こす海、噴火を起こす火山を、何らかの手段で世界からひとつも残らず消し去ってしまった。  これも、どのようなやり方であったのかはわからないという。  さらに隕石衝突を起こす原因となる小惑星帯や彗星、その他災害を起こす可能性のあるものは何一つの例外もなしに消し滅ぼした。  月、となりの惑星、恒星、銀河、ブラックホール、そして自由で明るく暖かな時間をくれた太陽ですら、消してしまったのだ。  こうして長引いていた地震、津波、火山噴火は鎮まる。  自然災害は二度と起こることがなくなり、一度は世界へ平和が訪れる。  しかし再びの平和も瞬く間しか続かず、むしろ今度は大混乱状態に。  例として、海を消して水の量が大幅に減ったために慢性的な水不足が発生し、火山や岩盤を消して地熱がないためにお風呂に入れず、月がないために四季や一日の流れが狂ってしまった。さらには、太陽がないために永遠と夜が続く暗く冷たい世界となった。  挙句の果てに、世界規模の大戦争、犯罪、飢餓、病気が起こり、状況はますます悪化の一途を辿っていった。  街を歩くだけで犯罪被害に遭ったり、戦乱に巻き込まれたり、そうでなくとも食べ物や水が充分に得られず飢えや病気に苦しむばかりである。  惨状に心を痛めた彼は、戦争や犯罪を無くすためにと自分以外の世界中すべての人間を世界ごと消滅させた。  気づけば彼は、星も海も、月も太陽も、何もかも存在しない無の世界にいた。  それからというもの、彼は私に出会うそのときまで、闇に包まれた空間をただ彷徨い続けるだけだったという。 「今思えばあのときは、星と海、月と太陽、夜と昼の大切さをすごく実感したなって。 海があるから水が飲める。月があるから四季もしっかり流れる。暗い夜があるから明るい昼がより明るくより楽しめるんだ」  さらに彼は話を続けた。 「家族はいつも怒ってばかりだったけど、それ以上に面倒を見てくれたり大切なことを色々教えてくれたりしたな。 同じく友達とはいつも喧嘩ばかりで、だけどそれに負けないくらい楽しく遊んだり冗談を言ったり笑ったり泣いたりした。 でも、僕を支えたのは家族と友達だけではなかった。 学校の人たちは、僕が知らない色々な世界のことを教えてくれた。 豚や牛などは、僕たちのために美味しい食事となって命を捧げてくれた。 警察の人たちは、町の平和と僕たちを守るために毎日パトロールをして、ときに悪い人を懲らしめてくれた」  最後に彼は、次の言葉で話を締めた。 「僕は僕一人だけになるまで知らなかった。 自分がこんなにたくさんの、数えきれないほどの、あまねく存在、良い人達に支えられてきたから、何気ない毎日を過ごせるのだと。 僕は、『宇宙』という素晴らしい世界に生まれたんだ」  宇宙。  それは素晴らしい響き。  それは素晴らしい世界。  この二つ以外にも、他の数多くの話を聞いたことはある。  けれど、私が今まで聞いたすべての話の中で、特に面白く素晴らしかったのは、この二つの話である。  宇宙という存在に興味を持った私は、宇宙を見てみたいと彼に伝えようとしたが同時に、宇宙は彼の手によってすでに完全に滅んでいたことを思い出す。  そんな私に気づいてくれた彼は、私に対して一つの提案をした。 「一緒に、新しい『宇宙』を作ろう」 おわり
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