姉妹喧嘩

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姉妹喧嘩

「お姉ちゃんなんか、大嫌い! 家出してやる!」 「なら勝手にしな。私ももう、あんたのこと知らないから!」  ここ最近、姉妹はほんの些細なことでいつも喧嘩してばかりいた。  今日に至っては、ついに決裂し、妹の あゆみ が家を出ていってしまった。 「もう二度と家には帰らないし、お姉ちゃんの顔も見たくない」  そう言いながら、あゆみ は夕暮れ時の公園へ向かって行く。  一方で、あゆみ の思考回路が一切理解できずに、苛立ちが収まらない姉の はるか は、となりの部屋にまで聞こえる大声で思いっきり、あゆみの愚痴を吐いていた。 「そこまで言わなくたって! あの子が何を考えているのか、私にはまったくわからない!」  少し前まではとても仲良しだった はるか と あゆみ。  だがある日突然、あゆみ がひどく悪態をつくようになってからは、徐々に喧嘩が増えていき、そして今の状況に至ったのだ。  はるか は自室のベッドに寝転がりながら、なぜ妹がわがままを言うのか一生懸命に考えるが、まったく心当たりがない。  しかも考えれば考えるほど頭はこんがらがっていくばかり。  ふとタンスに目をやると、上には思い出の写真立てが飾られていた。  写真には、幼い頃の姉妹が公園の砂場で楽しく遊ぶ様子が写っていた。  弾けるような笑顔の無邪気な二人を見た はるか は、過去への執着と嫉妬をも覚えてしまう。  昔はしつこいぐらい、よく あゆみ を可愛がっていたのに、今は少しもそう思えなくなった自分に、はるか はさらに自己嫌悪すらも感じていた。  ネガティブな感情と思考に頭が支配された はるか は、もやもやした気分のまま、眠りについた。  日が落ちる頃、青年が一人、街を歩いていた。  青年が公園の目の前を通り過ぎようとしたちょうどその時、誰もいないはずの公園でただ一人、ブランコに腰を掛けている あゆみ を見つける。  青年は あゆみ に声をかけた。 「もうすぐ暗くなる時間だから、そろそろ家に帰った方がいいよ」  しかしながら、もちろん あゆみ は、 「私、自分一人だけで生きていくって決めたの。 だから、おうちには絶対帰らない」 と返す。 「どうして? おうちでは美味しいご飯が食べられるし、温かいお風呂にだって入れるよ」  青年は あゆみ を諭すが、 「だけど、帰りたくない!」 と、あゆみ はまた反論した。 「うちのお姉ちゃんが意地悪だもん! お姉ちゃんが、私のこと全然わかってくれないんだもん!」  あゆみ は突然泣き出しながら、強く訴えた。  ご飯は大盛り食べたい。湯船にゆっくり浸かっていたい。  普段ならそんな楽しみな夕方のために、急いで家に帰るのが当たり前だ。  しかし今日だけはその例外だ。  もう二度と家に帰らないと決意したからだ。  青年は、 「そりゃわかるよ。僕だってさ、嫌な人とか気に入らないやつとかに、よく出くわすから」 と苦笑いしながら、あゆみ に共感したあと、 「でも世の中は、自分にとって都合の良い人ばかりじゃない。自分と相性が悪い人は、良い人よりもずっと多くいるかもしれない。 普通に生きていく上で、それはごく当たり前のことだ」 と、本当に大切なことを説いた。  他人を自分の思い通りに、そして完璧にコントロールするのは、ものすごく難しいことである。  あゆみ は青年から、そんな現実の過酷さと厳しさを突きつけられる。 「ただ一つ、君にできることがある。その人達のことを一生懸命理解しようとすることだ」 「一生懸命理解する?」  青年のアドバイスに対して、あゆみは疑問を返した。 「人は誰でも、その人なりの考えがあるんだ。 ただ、その考えを理解しようと思えば良い」  青年は説明を少しだけ補足したが、あゆみにはまだ具体的な想像がつかなかった。  そこで、青年はさらにわかりやすいように、詳しく説明を付け加えた。 「例をあげよう。もしお姉さんが君を怒ってきたとしよう。 君には、お姉さんが怒る理由がわからないよね。 だけど場合によっては、お姉さんは君のことを思うからこそ、そういう行動をとっているかもしれないんだ」  そうか、お姉ちゃんは私のことをあんなに大好きだったからこそ、あの時あんなに私を怒ってくれたんだ。  なのに私はお姉ちゃんの言うことを聞かないばかりか、いつもひどい態度をとっていたんだ。  そうだ、いつもわがままばっかり振る舞っていたんだ!  やっぱり、おうちに帰ろう!そしてお姉ちゃんに今までのこと全部謝らなくちゃ! 「お兄ちゃんありがとう、私早く急いで行かなくちゃ」  あゆみ は青年に感謝と別れの言葉を告げると、急いで公園から走り去っていった。  ……これは、昔の話。 「いらっしゃいませ。きょうの おすすめしょうひん は、どんぐりプリン ですよ」 「それじゃあ、どんぐりプリン をひとつ ください」 「おかいあげ、ありがとうございます。ひゃくえん おあずかりします」  ここは、昼間の公園。  砂場には、お店屋さんごっこをして遊んでいる二人の幼い女の子がいた。  とても楽しそうに、仲良く遊んでいた。  そう、昔の頃の姉妹のように。 「つぎは、ジャングルジムであそぼう」 「いいね! あとでブランコにものろうよ!」  お日様の下で、鬼ごっこをしたり、隠れんぼをしたりと、時間も忘れて遊びに夢中の二人。  しばらくして、五時のチャイムが鳴り出した。もう帰る時間だ。 「そろそろ、かえろうか。ばんごはんもあるし」 「うん!」  和やかな雰囲気の中、二人は夕暮れ時の道路を歩いて家へ帰った。  その夜、普段は真っ暗で何も見えないはずの空に、流星群が現れた。 「はるちゃん、あゆちゃん、今夜は流れ星が見えるよ!」  母は寝ていた二人を起こして、ベランダに連れて行った。  二人はそこで、珍しく美しく、そして感動的な場面を見た。 「わあ、きれい!」 「それとね。流れ星にお願いすると、そのお願いが叶うんだって。二人のお願い事は何?」  母からの質問に、二人は頭を悩ませた。美味しいものが食べたい、魔法使いになりたいなど、叶えたいお願い事が多すぎて、どれを言ったら良いのか分からないのだ。  二人が困ったことに気づいた母は、 「例えば、何としてでもこれだけは叶えたいっていう夢は、ある?」 と、二人が答えやすいように気を配り、質問し直した。  二人はお互いを一瞬だけ見つめ合った。  そしてその後、一方が答えた。 「またあしたも おねえちゃん とあそびたいし、あさっても おねえちゃん とあそびたい。 そして じゅうねんさきのみらい でも、いつもどおりに おねえちゃん とあそんでいたい!」  無邪気で子供らしい願いを聞いた母は、 「まぁ、あゆちゃん らしいね」 と感想を述べる。  そしてもう一方にも、質問をした。 「はるちゃん。はるちゃん の一番のお願い事は、何?」  もう一方も、答えた。 「わたしも、いつまでも あゆみ といっしょにいたい。 だいすきな あゆみ をまもりたい。」 「おねえちゃん……」  妹思いで優しい願いを聞いた妹は、嬉しくてついそう言わずにはいられなかった。  妹は姉に続いて、もう一つのお願い事を言った。 「おねえちゃん がそうねがうなら、わたしもずっと、おねえちゃん のそばにいたい! ずっとずっと!」 「あゆみ……」  姉思いの優しい願いを聞いた姉も、思わず妹の名をつぶやいた。  二人の思いやりがある願いを聞いた母は、 「お互いを思いやれるようになったんだね。二人共、成長したね」 と褒めてあげた。  そして二人は夜空の流星群に向かって、元気よく宣言した。 「なんじゅうねんさきも、ふたりで いっしょに いられますように!」  そんな二人の様子を、一人の青年が屋根上から優しい眼差しで暖かく見守っていた。  ちょうどその時、はるか は目覚めた。 「さっきの夢、どこかで見たような……」  最初、はるか は夢の内容がわからなかった。しかし、タンスの上の写真立てが再び目に入り、ようやく理解できた。  夢の中に出てきた姉妹は、幼少期の はるか と あゆみ だったのだ。  一緒に動き回って遊んだり、一緒にご飯を食べたり、一緒にお風呂に入ったり。  いつでも二人は一緒だった。  ある日の夜、二人は夜空に向かって、永遠の絆を願い、かたく誓った。  にも関わらず、あの時の大事な約束を、決意を、願いを、今日の大喧嘩で台無しにしてしまったのだ。  自分達はなんて間違いをしてしまったのか。  でも、いつまでもクヨクヨしているわけにはいかない。  早く妹を探し出さなくては。そして早く妹に謝らなくては。 「私、あの時 あゆみ を守るって決めたんだ。だから早く、あゆみ を探さなくちゃ!」  幼い二人の願いを叶えるためにも、あゆみ と仲直りしようとはるかは決心した。 「行ってきます!」  早速 はるか は家を飛び出して、妹を探しに向かった。 「あゆみ を見つけなきゃ」 「お姉ちゃんに謝らなきゃ」  お互いに謝罪することを決意した二人は、お互いの居場所を探して、お互い全力疾走していた。  二人とも、何も考えていない。  二人とも、とにかく走ることに夢中だった。  そして黄昏時の空の下で、二人は再会を果たした。 「ごめんなさい、お姉ちゃん!」  あゆみ が大粒の涙を流しながら謝ると、 「ううん、こちらこそごめんなさい。」  と、はるか もにこやかに微笑んで謝った。 「今までわがままばっかり、意地悪ばっかりでごめん」 「ううん、こちらこそごめんね」  先程までの出来事が嘘だったかのように、二人はいつの間にか仲直りしていた。 「今度からはお姉ちゃんの言うこと、ちゃんと聞く」 「うん。これからは私も、あなたのことを考えて、行動するよ」  二人はそう言葉を交わしながら、指切りゲンマンをした。  気づけばもう辺りは暗くなりはじめ、外灯も徐々につき始めた。 「あんまり遅いと怒られるから、急いで帰ろう」 「うん、晩ご飯早く食べたい!」  その後、二人は急ぎ足で家に帰った。  晩ご飯を食べて、お風呂に入り、お互いに今日あった出来事を話した。 「今日昼寝してたらさ、小さい頃に砂場で遊んだり、流星群を見る夢を見たよ。そこで私たちはいつまでも一緒にいられるようにって流れ星にお願い事したの」 「そういえば、昔の私たちを思い出すね。あっちなみに私も今日ね、優しいイケメンのお兄さんに会ったの。その人は、私にとても大切なことを教えてくれたよ」 「たとえば、どんなこと?」 「えっとね……」  ほのぼのに会話している二人の様子を、窓の外からじっくり見守る謎の青年がいた。  青年はニッコリと微笑み、しばらくすると、暗闇の中へ姿を消した。 おわり
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