1.突然現れた人

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  髪をほどく瞬間は、自分にとって仕事の終る合図のようなもの。ゴムでまとめていた髪は、ほどくと緩やかなウェーブがかかる。  鏡を覗き込み、淡いピンク色のリップを口元に塗ると、軽く口角を上げてみた。  これから透也の待つ店へ行かなければならない。そのせいなのか、今一つリラックスすることができなかった。  久しぶりに対面した透也は、相変わらずの背の高さと、がっしりとした体つきで、瞳には自信を(みなぎ)らせていた。どっしりと構える雰囲気は、かつてない大人の余裕のようなものを感じさせる。  まだお互い幼かった頃の、あんな小さな約束を今でも覚えているなんて……。  そのことは、綾芽の心をとても驚かせ、同時に戸惑わせた。  あれから十六年も過ぎ、二人はあの頃のような子供ではない。  大人の男性になった透也様の前でどんな顔をすればいいというの?  普段通りの自分でいようとしても、どこか落ち着かない。  八歳の頃に閉じ込めたはずの思い出を、今さらどう扱ったらいいのか、自分でも分からなかった。    何も考えなければいいんだ。いつも通り、まるで昔の友達に会うように接すればいいだけ。そう気持ちを切り替えて、更衣室から外へ出た。
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