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髪をほどく瞬間は、自分にとって仕事の終る合図のようなもの。ゴムでまとめていた髪は、ほどくと緩やかなウェーブがかかる。
鏡を覗き込み、淡いピンク色のリップを口元に塗ると、軽く口角を上げてみた。
これから透也の待つ店へ行かなければならない。そのせいなのか、今一つリラックスすることができなかった。
久しぶりに対面した透也は、相変わらずの背の高さと、がっしりとした体つきで、瞳には自信を漲らせていた。どっしりと構える雰囲気は、かつてない大人の余裕のようなものを感じさせる。
まだお互い幼かった頃の、あんな小さな約束を今でも覚えているなんて……。
そのことは、綾芽の心をとても驚かせ、同時に戸惑わせた。
あれから十六年も過ぎ、二人はあの頃のような子供ではない。
大人の男性になった透也様の前でどんな顔をすればいいというの?
普段通りの自分でいようとしても、どこか落ち着かない。
八歳の頃に閉じ込めたはずの思い出を、今さらどう扱ったらいいのか、自分でも分からなかった。
何も考えなければいいんだ。いつも通り、まるで昔の友達に会うように接すればいいだけ。そう気持ちを切り替えて、更衣室から外へ出た。
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