プロローグ

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 綾芽は、この状況が只事ではないことを父の表情から悟った。そして、ネックレスの件は誰にも話してはいけないことなのだと。  父は長年、久我咲(くがさき)グループの御曹司である久我咲 透也の秘書を務めている。透也の父親は、国内に多数の支店を持つホテルグループを経営し、多忙ゆえ幼い頃から綾芽の父に預けることが多かった。  綾芽の父は若い頃から久我咲グループで働き、人柄を買われて、幼い透也を補佐し導く役割を任命されていた。  自らが補佐している大事な御曹司と自分の娘が、あろうことか結婚などとは絶対にあってはならないことだろう。  プロポーズの件から二人は一切会うことを許されず、16になった透也は、海外留学とホテルの修行でアメリカへと旅立った。  それ以来、綾芽は透也のことを胸の奥底にしまい込み、過去の出来事とすることにした。貰ったネックレスは、まるで秘密を封印するかのように、机の引き出しの奥へしまい込んだ。  二十歳を過ぎた頃から、父はことあるごとに綾芽の気持ちを確かめるようになった。 「今、好きな人はいるのか? いないのであれば、早くお見合いでもして、結婚しなさい」  一人娘が早く嫁いでも寂しくないのだろうか?  父からそのような様子は、微塵も感じられなかった。きっと透也から早く自分を遠ざけたいのかもしれない。  よく分かってる……。  透也に対してどのような感情を抱き、心の奥に何を隠しているのか、決して探るべきではないことぐらい。  そんなこと、言われなくても分かってる。  透也様を好きになってはいけないことぐらい。
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