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大きく鼓動が跳ねて息が止まった。
解っていた事でもはっきり言葉にされると目眩がする。
「1人ずつは手間がかかる、ていうか、朝比奈には真っ向から挑んでも勝ち目はないしどうしようかと考えた。で、松宮を駅の階段から落とそうと思った。松宮が落ちれば朝比奈は絶対に助けようとするだろう?それこそ身を投げ打ってでも。2人で落ちてしまえばいいと思った。ラッシュに入るように調整して、駅に先回りして、もう僕は自分の保身しか考えられなくなっていた。君たちさえいなくなればと。でもその時も失敗した。岡沢に気付かなかった」
坂本先生が不思議なほど穏やかな表情をして、何でもない日常を語るような調子で話すから、僕はどんどん訳が分からなくなっていく。
足下の床が柔らかく、空気も薄くなった気がして苦しい。
握った手のひらはじっとりと汗をかいている。
「あれから君たちの警戒心が高まったのを感じたよ。特に朝比奈の緊張感は凄かったから、もう無理かなと思った。でも今日の放課後は、君たちはそれぞれに用事があった。だからまだチャンスがあるかもしれないと思ってここに来た」
「…チャンス…」
美波が乾いた低い声で言った。そして僕の手を取るとぎゅっと握った。
その、細い指の冷たさに美波を見ると、元々色白の横顔は頬の赤みも失われて、美しい人形のようだった。
再び前を向くと、薫の広い背に隠れてもう先生は見えなかった。
坂本先生からも僕は見えないだろう。
「その後は、もう話す必要ないか」
最後にそう言って、坂本先生は黙ってしまった。
暫しの沈黙の後、薫はスマホを取り出して戸田さんに電話をかけた。
僕と美波は手を繋いだまま、電話をしている薫の背中に頭をつけてそれを聞いていた。薫は低い声で、あまり使われる事のない通用門の説明をしていた。
僕はぼんやりと、なんでそんな事言ってるのかなあ、とか思っていた。
薫はその後もう一本電話をかけていたけれど、僕はもう、ただ薫の声の響きだけを聞いていた。
そして、俯いた美波の頬を伝う透明の滴を、美しいなと思いながら見ていた。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきていた。
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