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 一通りの話が終わって、皆が口を噤んで、控えめの音量の音楽だけがスピーカーから流れていた。  もし坂本先生が路地裏から通報していれば、もし脅迫された後からでも警察に行っていればと、詮無い考えを巡らせながら美波の方を見た。  美波はスカートを握りしめて俯いていた。  今回の事件で一番ショックが大きかったのは、実は美波だったんじゃないかと僕は思った。僕は危ない目に遭ったけれど、美波は坂本先生を慕っていたし、先生にそのつもりはなかっただろうと思うけれど、結果的に先生のアリバイ作りに利用された形になってしまっていたから。  切れそうなほどに唇を噛んでいる美波に、何と声をかけたらいいか考えあぐねていると、弘康がローテーブルに手を伸ばした。そして白い皿に盛られている幸子さんお手製のチョコチップクッキーを一枚摘んだ。  弘康はその摘んだクッキーを美波の赤い唇にツンと当てた。  美波はハッとしたように弘康を見て、噛み締めていた唇を少し開いた。弘康はその開いた唇にクッキーを差し込んだ。  目を丸くした美波は、けれども抵抗する事なくクッキーを咥えて右手で支えた。  弘康は自分も一枚クッキーを齧ると、 「忘れちまえ、あいつの事は」  と、ぶっきらぼうに言った。 「簡単に言わないで」  美波が弘康を上目に見ながら唇を尖らせて言った。下唇に付いた歯形が痛々しい。 「私、結構記憶力いいのよ。薫くんほどじゃないけど」  そう言ってちらりと薫の方を見上げ、そして僕の方を向いた。  美波の白く冷たい手が僕の頬を包んだ。 「私ね、常日頃薫くんは裕ちゃんに過保護すぎるって思ってたの。まあ昔の事もあるし仕方ないとも思ってはいるけど。でも今回はそのおかげで裕ちゃんは無事なのよね」  僕の方ににじり寄ってきた美波が僕をぎゅっと抱きしめた。  細い腕の心地良い圧迫感と、甘い花の香り。  僕の身体の無事を確かめるように、背中や頭を撫でる小さな手の感触が少しくすぐったい。  美波は僕をひとしきりぎゅうぎゅうと抱きしめると、ようやく気が済んだように身体を離した。そして僕の顔を見て、ふふっと笑った。  弘康が美波越しに腕を伸ばしてきて、大きなゴツい手で少々荒っぽく僕の頭をわしゃわしゃ撫でた。
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