“怪鳥の姫騎士”は焼き鳥にされたい

3/3
前へ
/3ページ
次へ
 いくら頭上の理があるとはいえ、自由に飛び回れないのであれば棒立ちのようなものだ。押し返そうにも空中では踏ん張りも効かないしそもそも力比べでは到底敵わない。  “怪鳥(けちょう)の姫騎士”は姿形に違わず基本的に非力なのだ。 「おっと、もう飛ばないのか?」 「さすがにちょっと、分が悪そうだしね」 「一合で不利を悟ったか。俺はこの戦法を思い付いてから実戦で空飛ぶ魔獣を十以上も狩って来たんだ。そうそう遅れは取らないぞ」 「うふふ、怖い怖い。でも……」  背筋を伸ばして短槍と丸盾を柔らかく構え微笑んで見せる。久しぶりの地上戦に心が高揚し胸の高鳴りを感じる。やはり戦いはこうでなくちゃいけない。 「地上戦だって引けは取らないつもりよ?」 「上等だ!」  勢いよく踏み込み横殴りに振るわれた長柄の鎌を、下がりながら盾ではなく短槍でいなして頭上へと弾く。彼は怯まずさらに踏み込んで左の曲刀で突いて来るがこれは悪手、正面からの攻撃なら左手の盾で受けられる。  そして私の短槍は初撃をいなした時点でその勢いを殺さず手の中で回転している。  彼の左腕には丸盾が固定されていて今この瞬間そちら側の下段は死角。狙いは太もも、切っ先で致命となる血管を狙う。  が、彼は視線も向けずに死角から迫る短槍の口金(刃の根元)を踏みつけて止めてしまった。  なんという技量!  感心して気が散った刹那、なにか液体を浴びせられた。彼はいなされた鎌を放棄し、いつの間にか小さな革袋を手にしている。 「うっ、この匂い……火酒!?」 「正解だ」  酒に強い一部の亜人族が精製している極めて度数の高い酒。飲めば火を吐くほどに喉と胃を焼き、揮発したそれは僅かな火花程度でも容易に燃え上がる。 「ちょ、まっ」  彼は焦る私に向けてニヤリと笑みを浮かべると指先をパチンと弾いた。彼が使ったのは極めて簡単に修得できる魔術の初歩の初歩、旅を常とするものなら誰でも使える日常魔術のひとつ。  その名は“着火(ティンダー)”。 「いやあああっ!?」  火酒を吸った翼と布鎧から即座に火の手が上がった。火を消すために転げまわる私への追い打ちは無い。  彼はどうにか火を消し切って仰向けに転がる私を見下ろしていた。  短槍は彼の足の下で盾もさっき投げ出してしまった。布鎧は無惨に焼けはだけ肌はところどころ熱傷で赤らみ美しかった髪も炙られて毛先が縮れてしまっている。 「完敗だわ……」  私が力なく吐いた言葉に触発されるように彼がふらりと近付いてきた。目には獣のような光が宿り息は荒ぶっている。  そうだろう。心身ともに昂るような激しい戦いを終えた“怪鳥(けちょう)の姫騎士”はその身から媚香を放ち情欲を誘う。そして自らの肢体もまた、柔らかく蕩けていく。  “怪鳥(けちょう)の姫騎士”は倒されたとき、命があればその身を勝者への報酬とするよう意図的に生み出された眷属なのだ。 「きて……ぇ」  縋るように掠れた声で乞う私に彼が覆いかぶさってくる。  そう、これが【焼き鳥にしてやる】のもうひとつの意味。  焼き鳥っていうのは“串に刺され”て“食べられる”ものなんですって。ふふふっ。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加