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「ステファン……お礼なんかいらない。この伝統のことは、旅人としてきた時点で、聞いていなくちゃいけないことなんだ。」
驚いて聞けば、旅人が泊まる宿先のトップが、この伝統について話さなくてはいけないらしい。
「なら……何で……」
「ごめんな、騙したみたいで。実はさ、ステファンの入国書類を見て、名字に引っかかってさ……少し調べたんだ。」
目を伏せたロベルトが、少し迷ってから切り出す。
「ステファン、って名前、本当の名前じゃないんだろ。」
思わず視線を逸らす。
そう、ラドジーニは、孤児院の名前だ。自分が育った国では、育った孤児院の名前を名字にする決まりがある。
その中でもラドジーニ孤児院は、赤ん坊の頃に捨てられた子が入る場所で、名前も孤児院の人間からつけてもらった名前になる。誕生日は、その施設に入った日。
自分は、何も知らないままだ。
「そりゃ……ステファンは本当の名前じゃないよ。でも、俺は本当の名前なんて知らないし、このままでいいと思ってる。」
ロベルトが優しい目でこちらを見る。
「お前はそれでいいかもな。でもな……名前というのは、人がこの世に生まれ出て貰う、初めての贈り物だ。それすら義務的に貰って、ずっと行事として祝われて……」
ふっとロベルトが息をつく。
「そんなの、虚しいじゃないか。折角、ステファンが生まれた日なのに。」
とん、と、何かで胸を叩かれたような気がした次の瞬間、ひとすじ、温い液体が頬を伝ったのが分かった。
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