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五センチとはいえ、鍛えていない貧弱な身体を不必要に見られるのは、昔同じ風呂に入ったことがある同性相手でも恥ずかしい。
おまけに文博くんは中学から現在に至るまでずっと、サッカーだフットサルだと身体を鍛えているから、ヒョロガリモヤシオタクの僕からすれば、劣等感からの羞恥がすごい。
「……もう帰るから退いて」
「この状況でそんなこと言っちゃうとか、マジウケる! ――勉強はそこそこできても、お前って馬鹿なのな」
「僕が馬鹿なんていう確認、今更しないでよ。
ストレスたまってるのか知らないけど、これから僕をサンドバッグに見立てて殴るなら、警察行くから。
ここでやめるなら、誰にも何も言わないでいてあげるから、早く退いて」
彼は髪を赤く染めた体格のいいチャラ男で、僕は黒髪モッサリな貧弱オタク。
このチャラ男が見知らぬ他人なら、僕はブルって泣いていたかもしれない。
だけど僕は彼を保育園から知っており、現在は疎遠であるが、何の因果か今通う大学まで同じな仲だ。
だから内心少々ビビりつつも、これくらいなら言い返すことは可能。
「ヤることヤったらな」
文博くんは一瞬不機嫌そうに眉間にシワを寄せた後、やや唇を尖らせてつまらなそうな顔でそう言い、彼のズボンの尻ポケットからスマホを取り出してタップする。
「やることって?」
「動画を撮る」
「動画? この状況で? 何を撮るの?」
「楽しいこと」
「あんまり楽しそうに見えないんだけど?」
「気のせいじゃね?」
文博くんとしゃべりながら僕はようやく、今自分がおかれているこの状況はヤバイ、ということに気がつく。
本日何年かぶりに豪邸な円城家の門をくぐった時、「親も兄弟も今夜は仕事とかで帰ってこないし、お手伝いさんも帰っちゃってるから、気兼ねなく上がって」と、彼は言った。
その言葉を信じるなら、現在このだだっ広い建物にいるのは僕と彼だけ、ということになる。
マウント体勢にある彼はアルファで、腕を拘束されて上着をまくられた僕はオメガ。
これが意味するところは考えたくないが――たぶん一つしかない。
「何を撮るの?」
握った両の手のひらが汗ばむのを感じながら、あり得ない、と心の中で繰り返す。
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