5 夢 (靫side)

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5 夢 (靫side)

夢見ていた。"普通の家族"。 母は未婚で俺を産んだ。 所謂、シングルマザーというやつ。 小柄で華奢だけど目がキリッとしてて、そして芯の強い気丈な女性だった。 母はΩだったんだけど、番を持たずに俺を産んだ。 小さい頃は、父は亡くなったと聞かされていた。 それが実は生きていると知ったのは、中2の時、母が病気で亡くなってからだ。 祖父母に聞かされた、生きてはいるがロクな人間ではないと。 何年も付き合った母を番にもしないまま孕ませておいて、他のΩを選んだ屑だと。 せっかく生存がわかった自分の父をそんな風に言われて悲しくなかったかと言われたら…全く悲しくはなかった、残念ながら。 俺は番を持たないΩであった母が、どれだけヒートを抑え込む事に苦労しながら仕事をし、俺を育ててくれていたかを知っている。 自分をそんな状況に追い込んだ父が憎かっただろうに、俺に父に関する愚痴を一度も零さなかったのは、きっと俺の心を傷つけない為だ。 無責任な最低男が父親だとは言えなかったんだろう。 せめて、俺を産まなければ…母1人ならば、次のチャンスもあっただろうに、母は別に番を探す選択をせずに俺を育てた。きっともう、αを…人を信じられなかったんだと思う。 祖父母は母を捨てた父を、心底憎悪しているようだったが、俺に会うなとは言わなかった。 正直、さほど父に対して興味や思慕を持っていた訳では無かった。只、母を苦しめた屑の顔を一度くらいは見ておいてやろうかと、その程度の気持ちだった。 祖父母から聞いた父の名は、糸井 明良。 そこそこの会社の経営者の筈だと聞いて検索してみたら、どうやら親の会社を継いだ二代目社長だった。苦労知らずのお気楽育ちだったのだろうか。そこから辿って色々な情報を得た。 今は隣町に家族で住んでいて、俺とそう変わらない歳の息子がいる事も、下にもっと幼い娘がいる事も知った。 随分幸せにやってるようだな、と僅かにイラつきを感じたが、それだけだった。 休みの日に近所迄行ってみた。近くに小さな児童公園があり、そこのベンチから家の様子を窺った。 昼過ぎになって、三十代半ばから後半かと思しき男女と、小学校低学年くらいの女の子が家から出てきた。買い物にでも行くのか、ラフな服装に見えた。 あの男性が父だと直ぐわかったのは、残念ながらそれなりに顔や身体的特徴が似ていたからだ。 番らしき女性は年齢の割りには可愛い雰囲気の人だが、母の方が美人だと思った。 小学生の女の子は父親似で、つまり少し俺にも似ている。 それにしても、直に見たというのに、一切感慨が生まれなかった事に笑えて、それ以上どうでも良くなった俺は帰ろうとした。 丁度その時だ、あの子が現れたのは。 今しがた3人が出てきた玄関から、父に何かを渡す為に走り出て来たようだった。 弟だと直感すると同時に、妙な感覚に見舞われた。 目が離せない、彼から。強烈に惹き付けられて、視線が逸らせない。 華奢な体つきは、ついこの間迄小学生だった事を差し引いても細く小さかった。 つるんとした艶のある黒髪に大きな黒い瞳、白い肌。 これから成長期を迎えたら、さぞ綺麗になるんだろうと思わせる、儚い美しさだった。 母親似なのだろうか。 いや、母親であるあの女性より遥かに彼の方が綺麗だ。 胸の高鳴りが止まなかった。 それから俺は時折、弟である彼を見に行った。 何時だったか学校帰りに行ってみた時に制服姿で帰ってくる彼を見て、彼が近所の公立校ではなく少し離れた私立中学に通っている事を知った。 品の良い藍色の学生服は彼に良く似合っていて、俺はズームで何枚も撮影した。 彼へのこの感情が、単なる弟に対するものではない事は自覚していた。 俺は彼に執着していた。 姿を見る度に感じる、熱く血潮の滾るような感覚。 触れたい。嗅ぎたい。独占したい。俺の腕の中に閉じ込めてしまいたい。 その思いは年々強くなった。 成長していく姿を目にする度、彼は俺の為の人だと確信した。 高校に上がると、もうどうやってあの家から彼を奪うか、それしか考えられなくなった。 彼はきっと俺の存在を知らないだろう。 卑怯な男が、わざわざ昔の愚行を子供に打ち明けるとは思えない。 名乗る必要は無い、と思った。 もし何も知らされていないのなら、わざわざ枷になる情報を与える必要は無い。 時期を見て、初めて接触した。 運命の相手だと、存分に意識させた筈なのに、逃げられた。 俺は、追わなかった。 見失ったんじゃない、追わなかったんだ。 急き過ぎたのだろうか、と考えた。驚かせてしまったのかもしれない。 初心な彼には、きっと心の準備が必要だったのかもしれないと反省した。 もう少し見守って、彼が大人になるのを待とう。 そして、より強烈に運命を感じさせるように 再び現れよう、彼の前に。 その時は、もう逃がさない。 彼を得て、番にして、俺の子を産んでもらって、 そして、家族になろう。 夢見ていた、"普通の家族"に。
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