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追話 腹の中 (靫side)
父に俺達の番婚が拒否出来る訳がない、と俺は腹の中でせせら笑った。
一度、認知や養育費を拒否されただけですんなり引き下がったという父。
父の中ではきっと、俺は存在しないものとして処理されていたんじゃないだろうか。
他人から指摘されてやっと思い出す程度のものらしいし。
けれど、父がそんな風だったお陰で俺に父は無く、法律上は波緒とは他人だ。
父が自分のした事を口にする勇気を持てない限り、俺も波緒も知らないフリを続けるし、家族に軽蔑されたくないあの男は口が裂けても言わないだろう。
俺はそう踏んだ。
父の浅慮のお陰で俺達兄弟は障害無く結婚出来るのだから、そう悪い事も無かったなと思う。
αらしからぬ愚物だけれど、ある意味ではαの本能に忠実に生きている人なのだろう、父は。
一般的に、αというものは、体の繋がりを持ったΩに優しいものだ。
庇護したくなるし、愛おしく思う。
例え番になっていなくても、本能的にそうだと言われている。でも俺はずっとその説を疑っていた。
ならば何故、父は高校の頃から5年以上も付き合ったという母を捨てたのだろうか、と疑問を持った。
Ωの人生の一番良い時期を独占して、自分の子供を宿しているのに捨てるような真似、普通は有り得ない。
αの独占欲というのは自分の子供にも向かうものの筈だからだ。
その事がずっと不思議だった。
けれど、ある時その疑問が解けた。
波緒と初めてキスした時だ。
俺は波緒を自分の運命だと思って見守ってきた。
それが、初めて性的接触を持った時に、確信に変わったのだ。
なるほど、と閃いたのはその時だ。
おそらく父と、父の番…父を母から奪ったあの女性Ωも、運命の番だったではないだろうか。
そんなゴロゴロ運命の番が、と思われるかもしれないが、それなら全てが腑に落ちるのだ。
αやΩが運命の番に出会った時、既に番や恋人がいるのにも関わらず、運命の番を選ぶのは珍しい事ではないという。寧ろ、だからこその運命とでも言うべきか。
それ迄の情人が色褪せて見える、どうでも良いものになってしまう。
それはとてもやるせなく、怖い事だが 仕方の無い事でもあるんだろう。
母もきっとそれを理解したから、腸が煮えくり返る思いをしながらも、父と別れたんだろうと思う。
父と母がどんな恋人同士だったのかはわからない。だが、あの勝気な母の事だ。
父の人生に自分が無用のものになったのなら、自分も同じように扱おうと思ったのかもしれない。
きっと俺にも、絶対に父に関わらせたくはなかったのではないだろうか。だから、父は死んだものとして俺に話した。
多分、母が亡くなったりしなければ、祖父母は俺に父の存在を告げたりはしなかっただろうし、父を見に行った際に波緒に出会ってしまう事もなかった。
その場合、俺と波緒は出会わずに、お互いの存在すら知らないまま一生を終えていたかもしれない。
波緒と出会っていなかったかもしれない未来が有り得た事を想像すると、思わずゾッとする。
それを考えれば、父の愚行も多少は理解してやれなくもない。
けれど、父はαとしてという以前に、人としてあまりにも薄情過ぎた。
どうでも良くなったと言っても、死んだと聞けば何かしら動くものではないのか。
いくら顔すら見た事も無いと言っても、俺は彼の息子なんだから。
俺が父の立場だったなら、拒否されたとしても子供にくらいは誠意を示す。
初めて近くから見た父は、俺より明らかに下位だった。
年若い俺に威圧され、俺の名を聞き、俺の容貌に自分の特徴を見出して慄く哀れな中年男。
この程度のαの運命の番の為に運命を狂わされた母が 只々、不憫だ。
父に興味は無いが、母の事を思えば許せるものではなかった。
「初めまして、オトウサン。」
苦しめ。
これからはじっくり、奪われ捨てられる苦しみを教えてやるよ。
アンタが捨てた、この俺(息子)が。
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