第十話 帰宅部の活動(UFOキャッチャー編)

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第十話 帰宅部の活動(UFOキャッチャー編)

 ゲーセン内をもう少しだけ回る。黒崎は根っからのゲーム好きなのか、相変わらず目をキラキラと輝かせながらみんなが楽しめそうなゲームはないか探している様子。  アリアと神林も先ほどのレースゲームで貴重な体験が出来て満足気だ。触れたことすらないゲームの楽しさを知れたようで、今は色んなゲームをしてみたくて仕方がない様子。  ぐるっとゲーセン内を一周し終えた俺達は、一度何をやるか話し合う。 「みんなは他にやりたいゲームとかあった?」  黒崎が言う。 「僕、あれやってみたい!」  神林がそう言って指差したのは、『クレーンゲーム』だった。 「クレーンゲームか」  ボタンを押し、クレーンを動かして景品をゲットするだけのシンプルなゲームだから初心者にもやりやすい。小さな子供にも人気なのは納得だ。 「やり方は大丈夫か?」 「うん。説明を読んだからバッチリ。あとは僕のセンスだね」  神林の言う通り、クレーンゲームはシンプルでありながらも非常に奥が深い。それは景品が簡単に取られないよう絶妙な位置にセッティングしてあるからだ。  見た感じ簡単に取れそうな雰囲気ではあるものの、実際にやってみると結構取れなかったりする。その悔しさに何回も挑戦して、気付いたら財布の中に用意してあった百円玉が消えていたなんて恐ろしい事態を体験したものだ。  神林は何回か頭の中でシミュレーションしたあと、クレーンゲームに百円玉を入れてボタンで操作し始めた。お目当てはもふもふとしたくまのぬいぐるみか。さすがは二次元ヒロイン。選ぶ物も可愛い。  神林は横に動くボタンと、奥に進むボタンの計二つを操作する。  そして全てのボタン移動をし終えたクレーンの位置は……うん、絶妙だ!  これなら景品ゲットは確実! ––––––と、誰もが思うであろう。  しかし、クレーンゲームの世界はそんなに甘くはない。  下がったクレーンが両方のアームを開き、くまさんの首元を捉えるのだが、引き上げようとした瞬間に重さに耐えきれず、スカしてしまう。 「あっ……」  その悲しい結末に眉が八の字になってしまう神林はとても残念そうだ。大丈夫だ神林。俺のアームはいつでもお前をゲットするぞ。(ウィンク) 「意外と難しいんだね。取れると思ったんだけどなぁ」 「お店側も利益を出さないといけないからな。そう簡単に取らせてはくれないさ」 「林くんは得意なの?」 「んー、いや、得意ではないな。本当に上手い奴ならタグに引っ掛けたりして一回で取ったりするんだけど、俺の場合だと何回か位置をずらして、そこからアームで落とすやり方だ」 「へー! そんな技もあるんだ」 「ああ。お金の負担が少ない前者が理想だが、そう出来るもんではない。だからといって後者をおすすめするかといったら、これまたグレーゾーンだ。ずらし方が上手くいかないと何回もやらないといけなくなるからな」 「じゃあ、どうすればいいのかな?」 「やらないに限る」 「「「そこぉ!?」」」  途中からアリアと黒崎もツッコミに参入してくる。いやだって、クレーンゲームって一回やり出したら止まらなくなるし……。景品取れるまでやらないとなんか損している気分にかられて、たくさん百円使ってしまうし……。そんな負のスパイラルにはまってお金を損するぐらいなら他のゲームをして遊んだ方がいいと思っちゃう俺ちゃんです!  黒崎はクレーンゲーム内を横から観察し始め、また正面に戻って一度考え始める。しばらくして、動き始めた。 「ちょっと私にやらせてみて」  神林に代わり、黒崎がボタンの前に立つ。百円玉を入れ、二つのボタンを操作する。  クレーンの位置はさっきより2〜3センチ奥。絶妙な位置取りだった神林のと比べると、少しだけ心配な部分ではあるが……。  クレーンが下がり、アームが開く。閉じたアームにはくまの首元に取り付けられたタグに引っかかり、引き上げられる。 「「「うそぉ!?」」」  傍観者の俺たちが声を揃えて驚く。無理もない。黒崎は俺がさっき説明した理想のやり方を成し遂げて見せたんだから。ここでも黒崎はその天才っぷりを発揮してしまう。  ぬいぐるみはされるがままに、受け取り口にボスンっと落とされる。それを手に取った黒崎は自分の物にするかと思いきや神林に渡し始めた。 「はい、これ。欲しかったんでしょ?」 「えっ。いやっ、でも……これは黒崎さんが取った物だから黒崎さんの物だよ」 「私はただ挑戦してみたかっただけだから。それが楽しめただけで十分なの。はい、どうぞっ」 「わっ。ふぇ〜!?」  半強制的にぬいぐるみを渡す黒崎に、どうしたらいいんだろうと挙動不審になる神林。二人をみてなんだか微笑ましくなる。 「ま、黒崎からのプレゼントってことでいいんじゃねぇの?」 「おっ、いいこと言うね〜林くん。んじゃあ神林さん、そういうことで」 「えええっ! …………ありがとう、黒崎さん。これ、大事にするね!」 「うんっ」 「えへへっ」 (なんかいいな、こういうの。青春しているみたいで)  過去の俺だったらこんな時間は絶対に味わえない。一人を好んでいた時間は好きだったけど、こうして気の合う人達と過ごす時間は、それ以上に好きかもしれない。 「ねぇ林くん。私、考えてみたんだけど……」 「ん?」  アリアが声をかけてくる。それもどこか、二人には聞かれたくなさそうに小声でためらうように。だめよアリア!! そういうのはもっとロマンチックな場所で二人っきりの時に言わないと!! まだ心の準備が……! 「こういうのって、普通に買った方が安く収まるんじゃないかしら」 「おい、それ絶対に他の人に言うなよ?」  アリアの言うことも一理ある。三百円の景品をゲットするのに五百円もかかったら結果的に二百円の損をすることになるからだ。だったら損することなく確実にゲットした方が安心安全で得策であろう。  でもね、アリア様。  世の中にはね、避けて通れない道があるの。苦労してでも手に入れたいものがあるの。そうやって苦労に重ねて手に入れることに価値が生まれる物もあると思うの。お金じゃないの。  だから人の楽しみを奪っちゃう発言は、めっ! 黒崎みたいに一発で取れる人のことは知らん! 「でも、せっかくの機会だから私もやってみようかしら」  さすがの現実主義であるアリアも、体験したことのない娯楽には少なかれ興味はあるそうだ。アリアはキョロキョロと他の景品を探す。 「あれにしましょう」  そう言って見つけたのは、猫のデザインをした抱き枕だった。ムスッとした顔の表情がなんとも特徴的で、わずかに頬を赤く染めたことによってツンデレに仕上げたキャラデザインだった。わぁ! どっかのアリアさんみたーい!  そこのクレーンゲームまで移動し、アリアは早速と百円玉を入れてボタン移動を開始する。  クレーンの位置は絶妙な場所で止めることができ、あとはアームが上手いこと仕事してくれるかにかかっている。  アームは首元を捉えたのだが、引き上げた時にスカしてしまう。神林と同じ結末だった。 「くっ、まだよ」  アリアは百円玉を入れて再挑戦。普通のやり方では取れない思ったのか、今度は作戦を変えて黒崎がやって見せたタグに引っ掛かける技をするよう位置を調整し始める。  しかしアームは何も引っかかることもなく、無事失敗に終わった。 「まだっ……勝負は始まったばかりよ」  再び百円玉を入れる。タグを狙う。スカる。 「っ、今度こそ!」  百円入れる。タグ狙う。スカる。 「ッ! 次こそは!」  百円。タグ。スカ。 「まだまだ––––––」 「おいおい! もうやめとけ! 百円が無駄になるぞ!」  俺は負のスパイラルに陥っているアリアを止めた。アリアの右手には財布から取り出した百円玉が握られている。 「止めないで林くん。景品を取れば無駄にならないわ」 「その終わり良ければ全て良し理論は今すぐ振り払え。このままじゃクレーンゲームの餌食になるぞ」 「ここで景品を取らなければ、今までの百円が無駄になっちゃうじゃない」  ……だめだこりゃ。完全に負のスパイラルにハマっている。 「これがクレーンゲームの恐ろしさだ。これは人間が損することを嫌う『損失回避の法則』に則った作りになっているんだよ。ここでやめる勇気を持たなければ損失はどんどん膨れ上がっていく。それでもいいのか?」 「……。私、いつの間にか罠にハマっていたのね。少しみくびっていたわ」  頭痛がするかのように額に手を当てて反省の色を示すアリア。徐々に冷静さを取り戻してきたようだ。 「あれはもう、諦めるわ……」 「俺もちょっとやってみるよ」  本来ならクレーンゲームにお金を費やすことはしないのだが、メンバーでまだ一度もクレーンゲームをしていないのは俺だけなので、流れで一回はやっておくべきだろうと判断した。まぁ、あんな地味に大きいの一発で取れるはずもないのだが。なんたって、俺クレーンゲーム上手くないし。  百円玉を入れ、ボタンを操作する。横の位置は完璧だ。あとは奥行きだが、ここが難しいんだよなぁ。ここのクレーンゲームは横から覗けない配置にあるからシミュレーションもできないし。  全てのボタン操作を終え、クレーンが下がる。位置的にスカることはなさそうだ。あとはアームだ。ここで勝負が決まる。開いたアームが閉じる。––––––しかし、ここで衝撃映像を見ることになる。  猫が、浮かび上がっているではないか。 「ええええええぇぇぇぇッッ!?」  雑音で騒がしい店内ではあるが、俺の叫び声は響いたことだと思う。 「みて! アームにタグが!」  神林が言うので見てみると、確かにタグにアームがちゃんと引っかかっている。それで猫が持ち上げられているというわけか。奇跡だ……。  猫の景品は見事、受け取り口に落とされた。それを中から取り出した俺は自分の物にすることなく、アリアに渡すことに。 「ほれ」 「––––––えっ?」 「欲しかったんだろ? やるよ」  俺もアリアも、何故か妙に照れ臭くなってしまう。 「いやっ、これはあなたが取った物よ? 私のことは気にしなくていいから、あなたが持ち帰りなさいよ」 「いや、俺が持っていても仕方ないだろ」  家に持ち帰ったら、妹からドン引きされる未来が視えている。 「だって欲しくて挑戦したのでしょう?」 「……」  あれ? そういえば、なんで俺はこの景品を取ろうとしたんだ? クレーンゲームは他にだってあっただろうに。 「……いや、なんていうか……気まぐれというか」 「…………」  二人の間に気まずい沈黙が起こる。今は黒崎も神林もいるというのに、この空気はあまりよろしくない。何か、何か打開策はないのか。 「もぉ〜、赤坂さんったら男心が分かっていないんだから〜。男の子が女の子にプレゼントするって言ったら、『アレ』しかないでしょ?」 「……なんのことよ?」 「とぼけちゃって! かわいい〜」 「こらこら。変なことを言うんじゃないよ。アリアが困っているだろ」 「は〜い。とにかく、人からのプレゼントは素直に受け取るべきだと思うよ、赤坂さん」 「……本当に、いいの?」 「ああ……」 「……じゃあ、いただくわ」 「おう……」 「ありがとっ……」  俺は猫の抱き枕をアリアに手渡した。アリアの儚く嬉しそうな笑顔に心揺さぶられる自分がいて、妙に心が落ち着かない。  受け取った抱き枕は思った以上に大きく、小さなアリアの顔を完全に隠してしまう。  ひとまず達成することができたアリアへのプレゼント。俺だけじゃなく、メンバー全員が満足なクレーンゲームなのだった。
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