第十一話 黒幕と開幕

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第十一話 黒幕と開幕

 帰宅部メンバーと遊んでから週明けの月曜日。  4時限目の終了チャイムが鳴り、食堂へと向かおうと思った矢先、担当授業の先生から提出したノートとプリントを職員室まで運ぶのを手伝ってくれと頼まれた。俺と黒崎が学級委員だからだろう。  俺がノート、黒崎はプリントを持ち、今は隣に並びながら職員室まで運んでいる最中だ。  職員室に着くまでの間、俺たちはみんなと遊んだ思い出を振り返った。 「先週は楽しかったな」 「そうですね〜。みなさんとあんなに楽しい時間を過ごせてよかったです」 「そうだな。アリアも神林も初めてのゲーセンに興奮していて、最終的に気に入ってもらえて嬉しかったよ」 「レースゲームの時なんか、私ツボってしまいました(笑)」 「ああ、アリアが免許証の提示必要かって聞いてきた時だよな?」 「それも面白かったですが、林くんが最後リンチに遭うところです」 「あれはもう忘れてくれ……」 「いいえ。忘れません。あれも含めて、いい思い出となりましたから」 「そっか」  思い出話をしながら笑い合う俺たち。みんなと遊んだ1日は本当に楽しかった。誰かと一緒に過ごすことに嫌気を感じるようになっていた俺がそう感じているのだから、俺はみんなのことが嫌いじゃないのかもしれない。  やはりあの時、言ってよかったと思う。誰かと一緒に過ごすことは、こんなにも楽しくて、温かくて、幸せなことなんだなと、俺の思い出がそう教えてくれている。  過去の凝り固まった認識を上書きしてくれたかのように。  みんなと一緒にいる時間を何より大切にしていこうと感じるようになった。 「またみんなで、どっか行こうな」  それを手放したくなくて、俺は逃さないように、保険をかけておくように、そんなずるい言葉を投げた。 「そうですね……。また機会がれば」  不思議にも、苦笑を浮かべる黒崎の顔はそこまで乗り気そうじゃなかった。さっきまで楽しそうに振り返っていた思い出が、最初で最後の思い出なのだと言っているかのように。 (気のせいか……?)  だが、そんな苦笑に引っかかる部分があったのも正直なところ。  保健室で黒崎は、アリアをどこか恨んでいるようでもあったから。だから佐藤先輩に秘密を暴露し、仕向けたんじゃないかと。  それに、黒崎は言っていた。  相手がどんなに憎くても愛おしく接する、と。  もし、みんなと遊んだあの時の笑顔も、楽しそうにしていた笑顔も、そもそも遊びの提案をしてきたのも、全てはアリアに対する憎しみの裏返しなのだとしたら、背筋がゾッとする感覚に襲われる。 (バカか俺は……。いくらなんでも考えすぎだろ)  気付けば職員室前に到着していた。ドアを開けるために一度荷台下ろし専用で設置されている長机に提出物を置く。 「ここからは私一人で運びますので、林くんは先にお昼でも行ってください」 「いやいいよ。ここまで来たら最後まで手伝うよ」 「私ちょっと先生に用がありまして、その先生に捕まると長話に付き合わせられるんですよ。なので林くんまで巻き込むわけにはいかないかと」  うむ、確かにそれは嫌だな。そんなことに付き合わせられたらお昼の時間がなくなっちゃうし。 「じゃあ、いいのか?」 「はい。あとは私にお任せを」 「悪いな。じゃあ俺は先に行くぞ」 「ええ。ではまた」  軽く手をあげて解散となった俺たち。黒崎が先生に用とは珍しい。内容が気になる部分ではあるものの、お昼の時間が迫って来ているので俺はすぐさま食堂へと向かうのだった。      ★  帰りのホームルームが終わり、俺は帰る支度をする。  そんな時、一人の少女が俺に近づいてきて声をかけてきた。 「おい、林」 「えっ? な、なんだっ?」 「お前にちょっと話がある。放課後ちょっと時間いいか?」  ヤンキー口調で告げる彼女。長い銀髪を腰辺りまで伸ばし、小柄で女の子らしさはあるものの、キリッとした顔つきとポケットに手を突っ込みながら仁王立ちする大らかな姿からは男気を感じる。……しかし、背がかなり小さめなのでちょっと気の強い小学生にしか見えなくて庇護欲をそそられるような可愛いさが滲み出ていた。 「い、いや〜これからちょっと用事がありまして〜……」 「悪いが拒否権はない。一緒に来てもらうぞ」 「じゃあ、なんで聞いたんだよ……」  なんやかんやで、俺は彼女に付いていくことになった。どうせ家に帰ってもやることないし、まぁいいだろう。      ★  学校の校舎内を二人で歩く。てっきり外に呼び出されると思っていたが、目的地は校舎内にあるそうだった。  どこに向かっているのか分からない俺は、隣にいる彼女に声をかけた。 「おい、これどこに向かってるんだよ」 「三年生の教室だ」 「え? 三年生? なんでそんなところに」  もしかして俺、先輩に喧嘩売るようなことしちゃった!? それで俺を呼び出してボコるという寸法!? いや、そもそも三年生と関わりなんて……あったわ。 「もしかして、佐藤先輩が関わっていたりする?」  彼女の顔がピクッと反応したのを見逃さなかった。 「……まぁ、そんな感じだな」 「えぇ……」  もしかして佐藤先輩、後輩に打ち負かされたのが悔しくて土下座でも要求してくるんじゃあるまいな? でもあの件はもう解決したわけで……。  そんな呼び出される疑問に悩まされる俺だったが、気付けば目的地である三年生の教室前に辿り着いていた。  廊下には待ち合わせをしていたのかのように、佐藤先輩が立っていた。 「やぁ……」 「どうも……」  アリアとの一件もあり、なんだか気まずい空気が漂う。そんな空気を払拭するように銀髪の子が切り出した。 「おら、連れてきてやったぜ。一年生の名簿で林という名前はこいつしかいないから間違いない。だろ? クソ兄貴」 (え? クソ兄貴? 今兄貴って言ったか?) 「ああ、その人で間違いないよ」 「ちょ、ちょ、ちょい待てい! 色々聞きたいことがあるんだが、まずお前と佐藤先輩はどういう関係だ!?」 「どういう関係って、名字でなんとなく察しないか?」 「いやっ、佐藤って名字の人いっぱいいるからな? それにお前の名前知らないし」 「マジかッ! クラスメイトだから知っていると思って自己紹介は不要だと思ったんだけどな。––––––私の名前は『佐藤白雪(さとうしらゆき)』って言う。そこのクソ兄貴の妹だ」 「佐藤先輩の妹ぉぉぉ!?」 「……そんなに驚くことか?」 「いや驚くだろ! あの人気モデルの妹だぞ!? こんなの驚かない方がおかしいって!」  それに加えて同期で、かつクラスメイトというのも驚きの要素でもある。しかしそう言われてみれば、佐藤先輩と白雪っていう女の子は似ている部分が多い。整った顔立ちのパーツ、綺麗で艶のある白い肌、さらさらとした髪質。兄に似て、白雪という女の子もモデル雑誌に掲載されていてもおかしくないぐらいにとても綺麗でお姫様のような雰囲気を持つ可愛さがあった。 「そうなのか? まぁとりあえず私のことは下の名前で呼んでくれてもかまわない。それよりも、今日はお前に事実を確かめたくてここに連れてきたんだ」 「事実?」 「ああ。お前、クソ兄貴にかなりひどいことをされたらしいな」  ひどいこと……。そこから連想される出来事は、たった一つしかない。 「……あれはもう終わったことだ。気にしていない」 「本当、ってことだな?」 「……」 「……そうか」  俺が居た堪れない気持ちでいると、目の前で驚くべき光景を目にすることに。 「うちの兄貴が多大なる迷惑をかけた。––––––本当に申し訳ないッッ!!」  白雪の土下座だった。 「ほら、お前も一緒に土下座するんだよ!」  白雪は強引に佐藤先輩の袖を引っ張り、両膝を床に着かせた。そして流れに流されるままに、佐藤先輩も一緒になってゆっくりと俺に土下座をし始める。え、なにこの状況……。 「おい、もういいから顔を上げてくれ!」  なんだか逆にこっちが申し訳ない気分である。周りに人がいなかったことが幸いだった。  言われた通りにゆっくりと顔を上げ始める佐藤兄妹。顔にはまだ反省しているかのように浮かない顔色をしている。 「さっきも言ったが、あれはもう終わったことだし、俺は気にしていない。お前のお兄さんだってちゃんと反省していたし、もうそんな過ちは起こさないよ。だから土下座なんてやめてくれ」 「……本当にすまない。そして、ありがとう。この恩は必ず返す!」  深く謝罪と謝礼を示す白雪。何がここまで彼女を頑にするのだろうと疑問ではあるが、今は触れないでそっとしておくことにした。 「でもちょうど良かった。俺も佐藤先輩に聞きたいことがあったんですよ」      ★  白雪とはその場で解散し、今は俺と佐藤先輩の二人きりとなる。廊下で立ち話というのもなんなので、学園内中央にある広場のベンチに座って話すことにした。目の前にある噴水の音が心地よい。 「それで? 僕に話って何かな?」 「黒崎のことで聞きたいことがありまして」 「……」 「先輩はあの時、アリアの秘密を知っているのを黒崎優香から聞いたと言っていました。あれは嘘じゃないですよね?」 「ああ、嘘じゃない」 「分かりました。それで次の日、俺と黒崎は色々あって二人きりで話す機会がありましてね。その時、黒崎はアリアと過去に何かあった事は明白でした。そこで黒崎とつながりを持つ先輩に、黒崎のことについて知っていることがあれば話して頂きたくて」 「…………分かった。君には借りがあるからね。知っていることを全部話そう」 「ありがとうございます」  佐藤先輩はどこから話そうか頭の中で整理し始める。数秒の沈黙後、ポツリと語り始めた。 「彼女と知り合ったのは、僕が高校一年の時の帰り道だったかな……」 ––––––。 ––––––。 ––––––。  部活で帰りが遅くなった夜道で、公園のブランコに一人寂しく座りながら俯いている彼女を見つけたんだ。素通りすることもできたんだけど、その時の彼女は側から見ても分かるぐらいに絶望的で哀しんでいるようだった。それを放っておくことができなかった僕は彼女に声をかけることにしたんだ。 「女の子がこんなところに一人でいたら危ないよ?」 「ッッッ」 「!!」  彼女と初めて目があった時、僕は反射的に下がってしまった。本能が身の危険を察知したんだと思う。そのぐらい彼女の瞳には憎悪で満ち溢れていて黒く淀んでいた。もしナンパでもしたら殺されただろうね。  なんとか敵ではないことを態度で示し、彼女の隣に空いてあるブランコに腰けながら話を聞く許可を得ることに成功した。僕はとにかく聞き手となって彼女の言葉に真剣に向き合うことにしたんだ。 「どんなに辛い悩み事も、一人で悩むより誰かに話した方が楽になるよ?」  先輩ヅラしてそんなことを言ってみた。断られるかと思いきや、意外にも彼女は話してくれた。 「……フラれた」  ボロボロと、ため込んでいた何かがこぼれ落ちるように。 「フラれちゃったんだ……わたし……」  その言葉だけで彼女は何に落ち込んでいたのかすぐに理解した。彼女には好きな人がいて、告白して、フラれてしまったのだと。 「そうなんだ……」 「その人はね、目標に向かって頑張っている人が好きなんだって」  それだと、彼女は頑張っていない人間なのだろうか。 「わたしね、理解できないんだ。頑張っている人間がなんであんなに好かれるのか」 「どういうことだい?」  僕は気づけば質問していた。彼女の言っていることに引っかかる部分があったから。 「私ね、大体なんでも出来ちゃうの。教科書や授業で書いてあることはその日に覚えられちゃうし、スポーツだって動きを見れば真似できちゃう。そんな才能の持ち主みたいなの」  彼女は嘘や偽りで言っているような感じじゃなかった。にわかに信じられない話でもあったけど、世の中にはそういう天才が存在するのも事実だから、僕はすんなりと信じてあげることができた。 「だから、頑張るということを知らないの。頑張らなくたって、なんでも出来ちゃうから」  なんとなく話は見えてきた。彼女はその優れた才能がゆえに、努力せずとも多くのことを成し遂げてきた。それは彼女にとって普通であり、当たり前の日常だ。きっとここまでそう生きてきたのだろう。彼の好きなタイプとは真逆の女の子として。 「嫌味に聞こえちゃうよね? ごめん。そんなつもりで話したわけじゃないから」 「いや、気にしてないよ」  まだだ。まだ彼女は本心を打ち明けていない。ここまでの話だけじゃ、あの憎悪の正体が見えてこない。 「それで? 君はこれからどうしたいの?」 「え」 「それだけ落ち込むぐらいに彼のことが好きだった。目標だった。でも今はその目標も途絶えてしまった。じゃあ君は、次なんの目標を持ってこれから生きていくつもりなんだい?」 「……学園」 「ん?」 「––––––帝学園。これが今の目標だよ」  彼女の眼には、はっきりとした決意があった。彼女は中学生の制服を着ていたからすぐに合点がついた。 「……へぇ? これはなんとも運命的な出会いだなぁ」  僕は着ている制服のブレザーに刺繍されているシンボルマークを見せつける。 「これ、どこの制服か知ってる?」  彼女は凝視する。しかし、どこの制服なのか分からないようだ。 「––––––帝学園だよ。君が今目標としているね」  彼女は目を見開く。目標にしている高校の生徒が目の前にいることに驚きを感じているようだ。 「答えたくなかったらいいんだけどさ、どうして帝学園に行きたいんだい?」  帝学園は日本で最も偏差値の高い高校。一般平均的に毎日12時間以上の勉強を継続しなければ合格の域に達することは難しいとされている。彼女がこうして落ち込む時間さえも惜しむぐらいに。  彼女は俺から目を逸らし、再びうつむく。 「ある人を潰すため」 「えっ?」 「その人を潰すために、私は帝学園に行く。ただそれだけ」 「……」  僕はこの時言葉が出なかった。まさかそんな恐ろしい動機で帝学園を目指そうというのだから。  彼女が言うには、『その人』というのは彼女の好きだった彼が恋していた人物らしい。  僕は彼女に興味を持ってしまった。邪な考えとしてではなく、ただ純粋に事の成り行きがどう変化していき、最終的にどこに行き着くのかを。  憎悪に満ち溢れた一人の天才少女は、どういう結末を迎えるのだろうかと。  だから僕は––––––。 「面白いね、君。気に入ったよ」  気分が舞い上がってしまった。 「じゃあこうしよう。僕と君は今日からビジネスパートナーだ。互いの利益を得るために互いをサポートし合う、そんな利己的のね」 「…………」 「僕は帝学園に合格したばかりだからね。受験対策をどのようにすればいいのか、その最短距離を教えてあげる。そして君の目標であるその人を潰す目標も手伝ってあげる。どう? 君にはメリットしかないと思う提案だけど」 「……それだとあんたがなんのメリットも得られてないけど?」 「大丈夫。その時は体で支払ってもらうから」 「ッ! ふざけないで。好きでもない人に見せるわけないでしょ」 「ありゃ、フラれちゃった」  僕は冗談じみた言動でヘラヘラと場を誤魔化す。  邪な考えは一切なかったつもりなのだが、頭の片隅に残っていたらしい。これも日頃の行いが原因か。 「冗談だよ。僕にメリットを与えてくれる方法は君自身で考えてくれればいい。そうだな……例えば『お金』とかどう?」 「…………いくら?」  これも冗談で言ってみたんだが、まさか乗ってくるとはね。 「そうだなぁ……。一回頼み事する度に5万とかどう?」  今度は冗談と本気の中間あたりを突いてみる。 「いいよ。そのぐらい」 「えっ、いいの? 5万だよ?」 「自分で言ったんでしょ。男に二言はダサいよ」 「だって、学生にとって5万は大金だよ? 払えるの?」 「私の両親、政治家だから」 「……なるほど」  お金なら腐るほど持っているってことか。羨ましいな……。 「じゃ、交渉成立ということで」  彼女は立ち上がると、スマホをこちらに向けてくる。 「連絡先交換しよう。じゃないと連絡取り合えないから」 「……ああ、そうだね」  僕は甘くみていた。彼女の本気を。憎悪の奥深さを。この僕でさえも、彼女の駒として扱われてしまうほどに恐ろしい人間だったことを。 ––––––。 ––––––。 ––––––。 「それで黒崎さんは合格したんだ。それも全教科を満点でね」 「満点!?」 「ああ。後で採点するため問題文には自分の答えを書いておくように予め伝えておいたんだ。案の定、彼女は一つのミスもなく完璧に解答していたよ」 「……本当に天才なんだな。あいつ」 「受験対策の時も僕はほとんど彼女に世話を焼くことなんてなかった。与えられた参考書をまるで機械のように全てを吸収し、理解してしまうんだからね。あの時は思わず笑っちゃったなぁ」  改めて、黒崎がいかに天才の領域にいることが思い知らされる。俺だって帝学園を受験する前は毎日が地獄だった。  毎日12時間以上は必死に勉強して、それでも中々覚えられなくて。理解できなくて。何度も挫折しかけた。そんな気持ちも知らずに、黒崎は生まれ持った能力で軽々と吸収していく。必死に食らい付いてもがいている人達の気持ちを全否定するかのように。 「話を戻すけど、帝学園に合格した彼女と僕のパートナー関係は当然維持され、目標であった『その人』を陥れる計画を立て始める。––––––もう誰とは言わなくても分かるね?」 「……赤坂アリア」 「正解♪ そう、赤坂さんを陥れる計画さ。彼女の潰す対象は赤坂アリアさん。名前と顔は事前に見聞していたからそこまで驚くことはなかったけど、彼女の才色兼備には人を魅了させる魅力が溢れている。世の人達が黙っていられないほどにね」  噴水の音が、さっきよりも大きく感じる。 「だからこそ早めに手を打つ必要があった。時間が経てば経つほど赤坂さんに友達や仲間ができてしまい、計画に支障をきたす恐れがあったからね」  頼れる相手がいなければ、それは一人で解決せざるを得なくなる。トラウマを抱えていた当時のアリアなら尚更に。 「計画は至ってシンプル。赤坂さんを強姦し、高校生活でもトラウマを植え付けることだ」 「!」  アリアは嘘一色で塗りつぶされた悪口を言いふらされていじめに遭い、誰かと一緒にいることにトラウマを感じてしまっていた。  しかし、そんないじめをしてくる頭の悪い連中と離れるために、アリアは必死になって帝学園に合格した。きっと彼女は、もう一度希望を手にしかけたことだと思う。  なのに、それを奪うことが黒崎の復讐のやり方だったなんて……! 「その役を任された時は正直あんまり乗り気じゃなかったよ。あとで訴えられたら面倒だからね。でも黒崎さんは心配いらないと確信を持って言ってきたよ。赤坂さんの秘密を脅しに使えば、彼女は何もしてこないってね」  ……きっとその通りだ。あの地獄の日々を再び再現されようならば、アリアは自分を犠牲にしてでもそうしたに違いない。 「先輩が入学初日に告白したのも、黒崎の命令なんですか?」 「そうだよ。全ては黒崎さんの命令でやったことだ」 「どうして告白なんてする必要があったんですか?」 「彼女がいじめにあった始まりは、小学校による先輩からの告白だ。トラウマというのはそういう些細な共通点からもすぐにフラッシュバックされる。黒崎さんはそういう細かい部分までも攻め、何より赤坂さんに予告をするのが目的だった」  だからアリアは入学当初、誰とも積極的に関わろうとはしなかったのか。せっかく新たな生活で思いっきり羽を伸ばそうと思っても、過去のトラウマがフラッシュバックされて、うまく行動に移すことができなくなってしまっていた。  そんな中で精一杯の勇気を振り絞り、声をかけることに成功したのがたまたま隣の席だった俺だったということ。 「あの劇団みたいな告白の仕方も黒崎の命令だったんですか?」 「いや、あれは僕のオリジナルだよ。元々あの告白はフラれる前提のアプローチだったからね。––––––いや、そもそもあの時の彼女はそういうのに興味が無さそうだったから元々フラれる運命だったね」  ははっ、と自嘲するように笑い出す佐藤先輩。  確かにあの時のアリアは超絶イケメンの佐藤先輩を前にしても一切動揺することはなかった。この学園生活においてそういうのは求めていない目を確かにしていたのだ。 「僕が黒崎さんについて知っている情報はそのぐらいかな」 「そうですか。色々話してくださりありがとうございます」 「お礼は言わなくても結構だよ。こんなので借りは返したとは思っていないし」 「……あの、すみませんでした」 「なにが?」 「俺、佐藤先輩の事情を知らないであんな偉そうなことを言ってしまって……本当にすみませんでした!」  俺は隣に座っている佐藤先輩に頭を深々と下げた。 「よせ。君が事情を知らないのは当然だ。謝る必要はどこにもない。それに」 「……」 「むしろ僕は君に感謝しているんだ。あの時、君が現れなかったら今頃赤坂さんも僕もどうなっていたか分からない」 「先輩……」 「本当は心の底では後悔していた。でも、お金と女に飢えていた僕は黒崎さんの指示に背くことができなかったんだ……。今思うと、僕はなんて私利私欲な人間なのだろうと思うよ」  歯軋りを鳴らす佐藤先輩の姿は心から悔やんでいそうだ。欲求に抗うのは簡単そうで難しいことだから、どこか同情してしまっている自分もいる。 「だから僕を最初に止めてくれたのが君で良かったとそう思う。君は僕にもう一度立ち直らせるチャンスをくれたから。本当に、感謝しているよ」  握手を応じてきた佐藤先輩に俺は驚く。その手は男らしく大きいのだが、女の子のような綺麗な肌をしている。これが人気ナンバーワンのモデルの手なのかと痛感させられる瞬間だった。 ––––––俺は微笑を浮かべながら握手に応じた。  男との握手は初めてで、なんだか青春ドラマの一部みたいで気恥ずかしい思いにさせられる。それでも悪い気分ではなかった。  数秒の握手を終え、そろそろ切り上げというところで佐藤先輩が問う。 「君はこれからどうするんだい? 黒崎さんの話を聞いてきたということは、そういうことなんだろ?」  最初から俺の考えていることなどお見通しだと言わんばかりに勝ち誇った笑みをぶつけてくる佐藤先輩。そのムカつくぐらいに決まっているイケメンスマイルに一本取られたなと思う俺だった。あのー、早く爆発してくれませんかね? 「具体的には、まだ。でも––––––」 「……」 「何かしらの形で黒崎を打ち負かしてやりたいとは思っています」 「……フッ。そうか」  俺の決意を聞いた佐藤先輩は心底嬉しそうだった。 「そりゃあ選ばれるわけだ」 「なにがです?」 「いや、こっちの話しだ。––––––じゃあ、僕はこれで」  佐藤先輩は立ち上がり、帰路に立つ。 「今日は、本当にありがとうございました」  佐藤先輩は振り返らずに手をあげて返事に答える。夕日の色に染まりながら去っていく佐藤先輩の後ろ姿はやはりイケメンの風格がムンムンと漂っていた。      ★  先輩を見送ったあと、用が済んだ俺も帰ることに。  正門を抜けようとしたところで、後ろから慌てた様子で駆け寄ってくる女子生徒がいた。 「林くんっ!」 「アリア……?」  俺の前に辿り着くと、乱れた息を整え始める。  通学用カバンを肩にかけていることから、アリアも今から帰るところのようだ。しかし、時刻は17時。いつもすぐに帰るアリアがこの時間まで残っているのは少々疑問な部分ではある。  しばらくして息が整ったアリアは真剣な目つきで俺を見つめ、真面目なトーンで喋り始めた。 「林くん、あなたに大事な話があるの」      ★ 「大事な話……?」  そういうと、アリアはカバンの中から一枚の紙切れを渡してきた。 「えッ!?」  それは、驚くべきものだった。 ––––––退学届。  俺が手にしている紙切れには太字でそう書かれている。そしてさらに驚くべきことは、既に本人の直筆で名前が記載されているということ。 「おいアリア!! これは一体どういうことだ!? なんでお前はこんな物を持っているんだ!?」 「落ち着いて林くん! まだ退学するって決まったわけじゃないわ」 『まだ』、という部分にツッコミたい気持ちで仕方がなかったが、先ずはアリアの話を聞くことに。 「今日の放課後、突然黒崎さんに屋上に来るよう言われてね……」 ––––––。 ––––––。 ––––––。  屋上に着いた私を迎えてくれたのは黒崎さん、ただ一人。手には二枚の紙切れを持っていた。 「待ってたよ、赤坂さん」 「こんなところに呼び出して、一体なんの用かしら?」  少々荒っぽい風が私と黒崎さんの髪を乱す。 「赤坂さんには、そろそろ伝えようと思ってね」 「伝える?」 「4月の半ば頃、誰かに襲われなかった?」 「えっ?」  記憶を振り返る。その中で心当たりがあるとすれば一つしかない。佐藤先輩の件だ。 「……ええ、まぁ」 「それを仕組んだのが私だったら……どうする?」 「––––––は?」 「あははっ! 林くんみたいにいい顔するね〜。いつも一緒にいるからリアクションまで似ちゃったかな?」 (……彼女は、一体なにを言っているの……? それに今、林くんって言った? 何故ここで彼の名前が出てくるの?)  頭の中は疑問符でいっぱいだった。  目の前にいるのはいつもの大人びた黒崎さんじゃない。今は試合の時に見せた荒っぽい感じの黒崎さんだ。雰囲気がまるで違う。 「……時間を無駄にする気はないの。直截簡明(ちょくせつかんめい)に言ってもらってもいいかしら?」 「そうだね。周りくどいことはやめよう」  彼女はこちらに歩いてきて、手に持っていた二枚の紙切れのうち、一枚を私に渡してきた。 「これは……!」 「そう、見ての通り『退学届』だよ」 「……どういうことかしら?」  彼女は渡し終えると、再び所定の位置に戻り出す。そしてくるっと半回転し、小悪魔な笑みを浮かべながら告げ始める。 「私ね、前々からあんたのことを潰したいと思ってたんだ」 「っ……なんですって……ッ!?」 「赤坂さんは今も気付いていない感じだからこっちから教えてあげるよ。私、––––––あんたと同じ中学なんだよ?」 「え––––––!?」 「アッハッハ! ホントいいリアクション!」 「ッ……!」  一瞬、ぐらっと足元が揺れたような感覚に襲われる。それは私の光ある未来に影が差し込んできて、全てを覆い尽くすかのように失われる感じがして……。  私は中学の人と無縁の関係になるために帝学園にやってきたんじゃないか。なのに、また私の時間を汚染するかのように彼女は……っ! 「中学の時は辛かったよね〜? 誰からも相手にされず、いつも孤独な時間を過ごしてさ〜。それとも、意外と楽しかった?」 「……あなた、意外とおしゃべりなのね。そんな安い挑発で私を動揺させるなんて甘いわ」 「相変わらず強がりな人だね〜。自分の顔が硬っていることに気付いていないの?」 「っ……」  黒崎さんの言う通り、私はかなり動揺していた。彼女に弄ばれないよう必死に感情を押さえ込んでいたつもりだったけど、どうやら無意味だったらしい。 「それで? あなたはさっき私を潰したいと言っていたわね。申し訳ないけれど、私はあなたに恨まれるようなことはしていないと思うのだけど?」  私は中学時代、誰とも関わるようなことはしていない。誰かに干渉したりもしていない。彼女がここまで私を潰したがっていることに疑問でしかないのだ。 「あるよ。あんたは私の好きだった人を馬鹿にしたんだ」  瞳には怒りを含ませ、苛立ちを含んだ低い声を放つ彼女を見て、彼女が何故敵意を向けてくるのかここで予想がつき始める。  馬鹿にした。  その言葉を聞いた時、真っ先に思い当たる節があった。 「……もしかして、渡辺くんのこと?」 「…………そうだよ。自覚はあったんだね」  黒崎さんは悔しそうに、悲しそうに、寂しそうに……そして敵意丸出しの鋭い目つきに戻してそう答えた。 「あの時は……私も言い過ぎたと反省しているわ」  私は握り拳を作り、あの時の悔やみを握り潰すように力を強く入れる。拳が、小刻みに揺れている。 「反省したって、もう許すつもりはないから」  黒崎さんはブレザーのポケットから黒のボールペンを取り出し、それをこちらへと投げて渡してきた。私はくるくると宙を舞うボールペンを片手でキャッチする。 「そこにサインして」 「……」 「私と勝負して、負けた方はこの学園を退学する。どう? 悪くない提案だと思わない?」 「黒崎さん……っ」 「お互いに邪魔な存在として、負けた方はこの学園から消えてくれるんだよ? もちろん、退学したあとは二度と関わらないことを約束する。なんなら証拠保存として動画に記録してもらってもかまわない」 「……本気なのね?」 「うん、本気だよ。私はあんたを潰す」 「…………分かったわ。受けて立つ」 「お〜、さっすがっ。そうこなくっちゃね」 「勝負の内容は?」 「そんなに心配しなくても大丈夫。勝負を申し込まれたあんたに有利なものをチョイスしたから」  黒崎さんは数秒溜めた後、勝負の内容を告げた。 「バレーボールなんてどう?」      ★ 「そんなことが、あったんだな……」  俺が佐藤先輩と話している間に、二人の間ではそんな物騒なやり取りが繰り広げられていたなんて思わなかった。 「でも、負けたらどうすんだよ……」 「負けないわ」  アリアは確信を持って、そう言う。 「今回の勝負は2対2のチーム戦でね。黒崎さんの方は神林さんを味方にするそうよ」  それはつまり、黒崎と神林が敵になるということ。 「じゃあ、アリアの方は」 「ええ。もちろん、あなたに決まっているわ。––––––林くん」  勇者のように強い瞳を宿したアリアの姿はとても頼りがいに見えて。 「今度こそ、私に力を貸して欲しいの」 「––––––!」  俺はあの時のセリフを思い出す。 『私だって、本当はあなたに助けを求めたかったわよ!!』 『でもしょうがないじゃないっ……私のせいで誰かが傷つくのは、もう見たくないんですもの……ッ』 『あなたみたいに優しい人だったら、尚更怖いのよ……。それに、何も私にかまう必要はないでしょ……』 『俺がそうしたいんだよ』  アリアは……あの時のアリアだったら、誰かに頼ろうなんてしなかっただろう。  それは自分のせいで誰かを傷つけるのが怖いから。  でも、今はどうだ?  アリアは乗り越えたんだ。自分のせいで誰かが傷ついてしまうのは、生きている以上仕方がないことなんだって。だからその傷を早く修復し合うためにも、助け合いが必要なんだって。  アリアが俺に力を貸して欲しいのは、アリアがそうしたいから。  そんな強く生まれ変わったアリアを見てしまった以上、俺が出す結論は決まっている。 「当たり前だ」  約束したからな。離れないって。痛みを分けろって。  夕焼けに染まる俺たちに、優しい風が髪を揺らす。とても心地よい。その心地よさは俺とアリアの内面を表現しているかのようで、神様からのちょっとしたイタズラのよう。  俺とアリアは、あの時とは違う形でもう一度想いを確かめ合う。  今度は、俺からだった。  右手を、差し出す。  アリアも同じく右手を差し出して、そして––––––。  確かに、想いを通じ合った。 「よろしくな、アリア」 「ええ、こちらこそよろしく。林くん」 「勝つぞ!」 「もちろんよ!」  アリアの手はあの時より少しだけ温度が高かったけど、今は俺の温度も分け与えたことにより更に温かくなっている。  俺はこの温もりを、ずっと味わっていたい。  俺はこの温もりを、手放したくない。  俺はこの温もりを、守り通したい。  そんな心の底から湧き上がる熱に抑えられなくなった俺は、言うか迷っていた真実をアリアに伝えることにした。全ては二人のために––––––。  さぁ、試合で黒崎を打ち負かしてやろうじゃないか。
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