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第二話 明かされる過去
––––––時は遡り、入学初日。
俺は当時の高校受験並みの緊張感を持ちながら階段を上がり、自分の教室へと足取り重く向かっていた。
理由は単純で、名前も知らない人だらけの教室に自分の身を投じるのが怖いからだ。
俺は基本的に人見知りで、コミュニュケーションを取るのが苦手な性格である。俗に言う陰キャラ。
大袈裟のようにも聞こえるが、実際のところは相手から話しかけてくる分には平気という類だ。
人と話す事自体そのものが苦手というタイプに比べれば全然良い方なのかもしれないが、共通して大きな欠点がある。
友達作りだ。
自分からは行かず、相手から来る分にはオッケーのスタンスでいる俺。それは裏を返せば相手が来なかったらぼっちルート確定ということになる。
友達100人はいらないが、気軽に話せる相手は1人欲しいところ。
ぼっち耐性はやや付いているものの、やはり人間は孤独には勝てない。
人間には元々誰かと一緒にいたいという承認欲求が脳に埋め込まれているため、真のぼっち王でない限りこれを満たさない代償は限りなく高校生活に大きく支障が出ると言えよう。
人生で一回しかない高校生活を少しでも色のあるものへと変える為にも、やはりそれだけは欠かせなかった。
自分の教室前にたどり着いた俺は、やけに重く感じる引き戸に手をかけて、音がでないスレスレでゆっくりと開けた。
「なん……だと……」
自分の座席の位置は前もってプリントで配布されているため、自分の座席が大体どの辺の位置にあるのかすぐに分かる。
俺の場合、窓際の一番後ろから二番目の位置だから特に分かりやすい。
しかし、その位置に目をやってみればなんと恐ろしいことやら…………。
(席が占領されているぅぅぅ!?)
正しく言うと、俺の隣の席に座っている誰かを囲むようにして大勢の女子達が群らがっており、その一部の人間が空いている席があるから座ったろっという軽い気持ちで腰を下ろしているという感じだ。これが好きな男子の席だから間接的に触れたくて座ったというのなら可愛いく見えるものだが、この学校に知り合いのいない俺に限ってそれはない。
「ねーね! 赤坂さんって彼氏とかいないの!?」
「どんな男性が好み!? 芸能人とかで例えるなら!?」
「きゃ〜ほっぺたがマシュマロみたいに柔らか〜い♡ 髪の毛もツヤツヤさらさらで甘い香り〜♡」
俺の席周辺では、どうやら先ほど佐藤先輩の告白を断った赤坂アリアという超絶美少女の話題でガールズトークが盛り上がっているようだ。
そんな美少女が俺の隣の席であるという事実に驚きを隠せないでいる俺だが、今は行く道なかれ状態に置かれている俺自身を励ますので精一杯なのでそれどころではない。
ガールズトークは燃え尽きるどころか、むしろ火に油を注いだかのようにヒートアップしていく気配を感じ取れた。
(マジでどうしよう……。このまま突っ立ているのも変に目立つし、だからといって女子の集団に突っかかる勇気もない。女子の集団ってなんか怖いんだよなー……)
それは単に自分のスペックに自信がない裏返しでもあるのだろう。俺が佐藤先輩みたいに100点男だったら見ている景色や行動は変わっていたのかもしれない。全国のイケメン爆発しろ。
仕方なく俺は肩に掛けている通学用バッグからスマホを取り出し、ゲームアプリを立ち上げようとした時だった。
「……あの、そんな同時に言われても困るわ。それよりも、そこにいる彼が席に座れなくて困っているから退いてもらってもいいかしら」
「!」
赤坂が言うと、そこにいた女子全員の視線が一斉に俺の方へと向けられる。
(こぉぉわっ!! こっちみんなし!)
内心そう叫ぶも、赤坂が俺に顔を向けるのだから吊られて同じ方に向いてしまうのは自然の摂理だと言える。
「あー……。じゃ、また今度聞かせて! 行こ、みんな」
「バイバイ、赤坂さん!」
「また触らせてね〜赤坂さん〜♡」
ヒートアップしていたガールズトークが俺の登場により一気に冷めてしまったようで、呆気なく幕を閉じることとなった。
なんか申し訳ない罪悪感を負ってしまう俺だったが、女子達の去り際『空気読めよ』みたいな顔を向けられ、『いやいや、そこ俺の席だし』と、心の中で反論をし罪悪感はすぐに吹っ切れた。
去った女子達が今度は違う席に集まって再びガールズトークが始まったところを他所に、俺は先ほどまで女子の威圧で踏み入れることすら出来なかった自分の席へ無事着席することに成功する。
「ごめんなさい、私のせいで……。今後ああならないよう気を付けるわ」
赤坂は心から申し訳なさそうに俺の目を見て謝罪する。
「いや、別に謝らなくても……」
赤坂はどちらかというと巻き込まれた方であって、元凶は周りへの配慮が足りない彼女らにあると思う。だから赤坂が謝る必要はないと思うのだ。
「むしろ、熱く盛り上がっていたガールズトークを冷まして悪かったな……」
一方的に謝られると居心地が悪くなるので、こちらの非の部分も謝罪しておくことに。
「いいえ。むしろ助かったわ。私、ああいう馴れ合いの時どう対処していいのか分からなくて困っていたところだったから」
対処……って聞くと、出来れば構って欲しくないようにも聞こえるが。
「もしかして、赤坂も人付き合いが苦手な方だったりとか?」
「……ええ。林くんも?」
「まぁ、基本的に人とのコミュニケーションは得意ではないな」
少し言葉を濁したのは根っから人付き合いが苦手というわけではないから。
大勢の人集りや、テンションあげあげ陽キャラ君といった、特定の条件や人物が苦手なだけで、逆に少人数や自分と似たようなタイプの集団であれば人並み程度にはコミュニケーションを発揮することができる。(自称)
だがそれは自分を犠牲にしたり、勇気を振り絞ってまで手に入れたいものかと言えばそうでもない。
大人しくて人見知りな性格上、俺は子供の頃からぼっちで過ごすことが多かったため、一人でいる時間に対しての耐性はある程度付いている自信がある。
さっきの座席の件だって、席を占領されているのならトイレにこもってゲームをしたり、学園内中央に設置されているベンチで読書するなど、いくらでも時間を潰すことだって可能だったのだ。別に苦ではない。これが俺の生きてきた道であり、一人で過ごすことの充実感に浸ってきたがうえの代償によるぼっちだと認識しているから。
「どうやらあなたと私は似ているようで違うようね」
「え? どゆこと?」
「そのままの意味よ。とりあえず、隣の席同士よろしくね。林くん」
「あ、あぁ。よろしく……赤坂」
本来、初対面の相手なら丁寧に自己紹介をするところだが、事前に座席と名前は公開されている状態であったため、いきなり苗字で呼び合っても問題なかったようだ。
(似ているようで違う? 一体どういう意味だ?)
なんだか腑に落ちないセリフに頭の中がスッキリとしない。だからといって、もう一度問いただす勇気などない。しつこい人間だと嫌われたら今後の学園生活にも支障をきたす恐れが出てきてしまうからな。ある程度の境界線は貼っておくべきだろう。
赤坂は特に解説をするわけでもなく、これで話は終わりだと言わんばかりに鞄から文庫本を取り出し、読書を始めたので俺もそれに続いて文庫本(ラノべ)を取り出して読み始めた。
入学初日の教室ではクラスメイトの声で賑わう。さっそくと今後の学園生活の充実度を大きく左右する友達作りを行うべく、同性異性問わず挨拶から入りコミュニケーションを図っている。行動に移せなかった人達もエサを見つけたアリのようにグループの輪に入って行き、着実に交友関係を結んでいく。
そんな中、友達作りのムードに惑わされず隣同士で仲良く黙々と読書に勤んでいる1組の男女ペアは無意識に近づくなオーラを放ち、誰からも声を掛けてもらうことはなかったのだった。
★
帝学園では入学初日から授業が始まる仕様になっており、たった今午前の授業が終わるチャイムが鳴った。
初日だから授業ペースは比較的緩やかだったとはいえ、内容事態はちょっと考えないと理解するのが難しいレベルであった。これは俺の頭が賢者モードだったからというわけではなく、後ろの席から見渡した時のクラスメイトの表情は一層険しく、眉間に指を当てていたほどだったので授業のレベルが難しいということが分かる。
俺が授業で使用した道具を片付けていると、横から耳を疑う誘い声が聞こえてきた。
「林くん。良かったら、一緒にお昼でもどうかしら?」
「えっ?」
……聞き間違いだ。落ち着け、林清正。これはきっとあれだ。俺の後ろに違う林くんがいて、そいつに声を掛けているのだ。もしここで反応でもしたら……。
『林くん。良かったら、一緒にお昼でもどうかしら?』
『えっ、オレ!? しゃーねーな。赤坂が言うなら食事ぐらい付き合ってやるよ』
『え、いや、あなたじゃなくて、後ろにいる林くんに言ったのだけど……』
『ちょっと死んでくる』
な〜んてパターンが起こるに違いない。
「林くん?」
(フッ、甘いよ神様。これは既に学習済みなんだよ。目の前から手を振ってくる女の子がいたから、こちらも振り替えしたら俺の後ろにいた男の子に手を振っていたなんて恥ずかしい思いではもう勘弁ごめんまた来週だ! いや、来週に来ても困るな。二度と来るな)
「……林クン?」
(ったく、もう一人の林くんはさっきから何回無視しているんだ! 赤坂が何度も親切に誘ってあげているのに答えてやらないなんて人としてどうかしているよ!)
一人頭の中で文句を言っていると、突如俺の脇腹に痛覚が走った。
「ぐおおぅ!?」
今、手刀なもので刺されたような……。俺は刺された脇腹を庇うように手で覆い、手刀らしきものを放った主犯に目を向ける。そこには目元が影で覆われて威圧感MAXの超絶美少女(闇落ち)が。
「あ、あかさか……さん?」
「さっきから何回無視しているの? 人が親切に誘ってあげているのに答えないなんて人としてどうなのかしら?」
どっかで身に覚えのあるセリフだったが、今はそんなことどうでもいい。
(赤坂が俺を昼食に誘っている……だと?)
これは夢? いや、この脇腹の痛みは本物……。これは現実だ!
「もう一人の俺とはいいのか?(※気が動揺し頭がおかしくなっています)」
「もう一人の……? あなたさっきから大丈夫? 今すぐ病院にいって精密検査でも受けてきたらどう?」
「さて、食堂でも行きますか––––––ぐふぉぅ!?」
さらにもう一発の手刀が俺の脇腹に突き刺さる。
「な、なぜだ……っ」
「ふんっ。おバカ」
冷徹に一言だけ言い残し、赤坂は俺を置いてスタスタと食堂へと向かってしまう。
その後をすぐに追いかける俺なのだが、脇腹のダメージがじーんと痛みが響く。でも、今はそれがちょっとだけくすぐったいような感覚に変わりつつある。
だって、超絶美少女からの手刀ですもの。へへっ。
★
帝学園では弁当を持参するのも可能なのだが、食堂も備え付けられている。
食券を購入し、受付の調理人に渡せば、後は料理を受け取るだけ。
メニューも豊富で、男性が好みやすいガッリ系から女性に好まれやすいヘルシーメニューもある。そして何よりも人気な理由が高くても500円以内で利用することが出来るということ。金欠気味である高校生にとって財布にも優しいというのは需要が大きく、そのため利用客が多くて満席になりやすいというのもこの食堂の特徴ともいえる。
「赤坂はどれにするか決めたか?」
「そうね……、期間限定の『春キャベツとしらすのパスタ』にしようかしら」
食券の横には期間限定メニューのサンプル品が置いてある。
「おお、うまそう。俺もそれにしよっと」
二人揃って同じ食券を買い、受付の料理人に渡して待機。
数分ほどで料理は出来上がり、俺と赤坂は料理を乗せたトレーを持って、空いている座席を探す。
「あっ、あそこ空いているわ」
そこは食堂の端っこで円テーブルの二人用だった。
俺達はそこにトレーを置いて、食事をすることに。
「「いただきます」」
両手を合わせ、感謝の意を示したあと、フォークとスプーンを用いてパスタを食べる赤坂。
(今さらながら、俺すごい人と食事をしているんだよな……)
クラスの人気者はもちろん、廊下を歩いているだけで憧れの的となる赤坂。しかも入学初日から人気モデルの佐藤先輩から告白されるという大イベントまで引き起こさせた。佐藤先輩は女子の付き合いたい男子ナンバーワンのアンケート実績も持っており(モデル雑誌参照)、そんな大勢の好意を浴びるなかで赤坂を選んだ。そんな雲の存在ともいえる男子から赤坂という美少女が選ばれたということは即ち、彼女も佐藤先輩の隣にふさわしい才美の持ち主ということでもある。
そんな彼女の隣にいるのは、佐藤先輩とは正反対の身分で平均スペックの陰キャだ。
限りなく場違い感というか、違和感というか、釣り合わないというか……。
俺が隣にいるだけで赤坂の評判が落ちないか心配するところではあるが、今回に関しては赤坂からのお誘いという言い訳もあるわけなので、周りから向けられる痛い視線は知ったっこっちゃねぇスタンスでスルーすることに。
「にしても、まさか赤坂から誘われるなんて思わなかったわ。どうして俺なんかを?」
素直な感想が溢れる。入学初日にして、まだ互いのことを知らない状況のなかで俺が誘われる筋合いなどどこにもないはずなのだ。
元々一人になることを想定していた身としては、こうして食事に誘われることは非常に嬉しいことではあるのだが、どうも釈然としない部分があるのも本音だ。
赤坂はフォークにパスタを絡ませていた手の動きをピタッと止め、食堂から見渡せる校舎庭を見つめながらしゃべりだした。
「……そうね。あなたが昔の私みたいで放っておけなかったから、かしら」
「俺が、昔の赤坂……?」
「……」
赤坂の横顔は浮かない顔をしている。それは過去に暗い出来事があったことぐらいは簡単に察することが出来るほどに。
「今朝のこと覚えてる? クラスのみんなが友達作りに躍起になっているなか、私とあなただけ文庫本を読んでいたの」
「あー……確かにそうかも」
読書に集中していたから細かい部分までは覚えていないが、入学初日にしてはガヤガヤと騒がしかった。それはきっと、全員が友達作りというビッグウェーブに乗っかっていったからだろう。それに、自己紹介から始める会話もチラッと耳には入ってきた。まぁ俺達には関係ない話であったから他人の会話など左から右へと筒抜けていったのだが。
「だからあなたと私は似ている部分があって、それで親近感が湧いて一か八かで誘ってみた。ただそれだけのことよ」
赤坂は済ました顔で淡々とそう言う。
でもその言葉は取ってつけた都合の良い言葉を並べただけの中身のないニュアンスを感じたのは何故なのだろう。
赤坂は最後の一口であるフォークに絡めていたパスタを口に入れる。
俺はその違和感を拭えないまま、自分も最後の一口であるパスタを口に入れるのだった。最初に比べて味が薄く感じる。
「やあ。ここで会えるなんて運命だね」
横から爽やかで優しい口調で割り込んできたのはまさかの人物だった。
(……おいおい、佐藤先輩じゃねえか……)
まさかのイケメンの登場である。両手にはカツカレーを乗せたトレーを持っていることから、この男もこれから食事というわけだ。
今朝赤坂に振られたばかりだというのに、まるで何事もなかったかのようなこの立ち直りよう……。なんてメンタルしてやがる。俺だったら数日は寝込むぞ? イケメンは顔だけにしてくれ。
「……今度は何の用かしら」
赤坂は呆れた口調で告げる。
「用? 用がないと来ちゃいけないかな? 僕は君と相席がしたくてここに来ただけなんだけど」
振られてもなお、諦めない気持ちを糧に赤坂に猛アタックを続けるのは流石としか言いようがない。しかし、相席というのも変な話だ。この席は二人用で、既に俺と赤坂が占領している。
「おめぇの席ねぇから!」
……と、言いたい気持ちを赤坂がオブラートに代弁してくれた。
「申し訳ないけど今満席なの。他の席をあたってくれるかしら」
赤坂が正論をぶつけると、佐藤先輩は撤退するどころか何故か俺に向かって言葉を投げてきた。
「ねぇ君、食べ終わったのならそこを退いてくれないかな?」
「は?」
しまった! あまりにの理解不能な発言にタメ口を放ってしまった!
「先輩に向かってタメ口とは良い度胸してやがるなぁオラァ!!」
……と、吠えられるかと内心びびっていたけど、佐藤先輩は気にしていないのか、そのまま暴論を続けた。
「君みたいなパッとしない陰キャは彼女の隣にふさわしくない。彼女の魅力をより引き出すには僕みたいな高スペックな人間じゃないとね。君では彼女の魅力を引き出すどころか、恥をかかせるだけだよ。僕の言いたいこと分かるかな?」
「…………」
佐藤先輩はつまり、赤坂の隣にふさわしいのは赤坂と同レベルのスペックを持つ者だけと言いたいらしい。
ここまでくるとそのナルシストぶりに称賛を送りたいところだけど、好き勝手言われて反論できないのがまた悔しい。
俺が赤坂という超絶美少女の隣にふさわしくないのは重々理解しているし、なんなら佐藤先輩が赤坂の隣にいた方が二人は眩しいぐらいに絵になることだって理解している。
俺は赤坂から食事に誘われて、心の底のどこかで浮かれていたのかもしれない。
慢心して、期待して……。
だから佐藤先輩の言葉が、俺の心に深く突き刺さってくるんだ。
赤坂の存在だけで多くの注目を浴びるのに、そこに佐藤先輩が参戦したことにより、この場は周りからの熱い視線で注目を浴びている。
ここで潔く俺が撤退しなければ、恥をかくのは俺自身だ。
反論することのできない悔しい気持ちを歯軋りで抑え込み、俺が席を立とうとした時––––––。
「彼は、私の隣にふさわしいと思っているわ」
赤坂は反論するかのように、そんな言葉を放った。
虚を突かれたように驚いている佐藤先輩だが、それ以上に俺も同じ気持ちだった。
––––––その言葉は本音か、冗談か。
佐藤先輩の言動、態度に苛立ち、一矢報いてやろうという反撃の気持ちから出てきた言葉だったのだろう……と、少なくとも俺はそう解釈している。
「行きましょ、林くん」
「あっ、あぁ……」
もう話すことはないと言わんばかりに赤坂は席を立ち、トレーを持って返却口へと進んで行く。
俺はまた赤坂の後を追う形で食堂の通りを歩いて行くのだが、食堂にいた人達の視線は赤坂や佐藤先輩よりも注目を浴びているような気がした。それもそのはずだ。
場違いだと思われる人間が、そこにはいるのだから。
「…………」
俺と赤坂が去った今、佐藤先輩はまた一人取り残される。
まるで、二度目の告白がフラれたかのように。
★
食事を終え、食堂から教室へと戻るなか、赤坂はポツリと声を震わした。
「ごめんなさい……。またあなたを巻き込んでしまって……」
「なんで赤坂が謝るんだよ。どう見ても赤坂は悪くないだろ」
「いいえ、私が悪いのよ。私といたから、あなたにまで不快な思いをさせてしまった。本当にごめんなさい」
「…………」
俯いたまま謝罪の言葉を告げる赤坂の声は、ちょっとした雑音であっさりとかき消されてしまうほどに細く、弱々しかった。
居心地の悪い空気が漂い始め、その中での沈黙はあまりにも居た堪れない気持ちにさせられるので、俺は聞きたかった疑問をここでぶつけることにした。
「赤坂、別に話したくなければいいんだが……過去に何かあったのか?」
「……」
心なしか、赤坂の暗い表情はさらに一層増したような気がした。
「……私がまだ小学4年生だった時の話なんだけどね……」
私は元々、人付き合いは得意の方だった。
自分から話かけることも、会話を広げることも、相手の悩み相談だって受けるぐらいに人と関わるのが好きだった。
それの恩恵によるものなのか、友達はいっぱいいたし、一緒に遊んでくれる人もいたし、みんなからは優しくされ温かい環境に身を置いていた。
そんな幸せな日々が続くかと思いきや、ある出来事がきっかけで失うことになる。
『赤坂。俺、お前のことが……好きだっ! よかったら俺と、付き合ってほしい』
『……ごめんなさい』
––––––告白だった。
しかもその相手は二個上の先輩で、噂で耳にするほど女子の間で人気者の男子生徒だった。
私はキッパリと断った。当時は恋愛に興味がなかったというのもあるけど、今は周りにいる多くの友達と楽しい時間を共有したい欲の方が強かったから。
でも、この判断が私の人生を狂わす起因となる。
先輩の告白を断った二週間後だった。
「あんた、陰でアタシの悪口を言っているんだって?」
友達から言われた衝撃の一言に、私の心臓は一瞬止まったと思う。
これまで仲良く生活し、楽しく遊んでいた友達からのドスの効いた言葉は、まるで別人格のように。
「えっ、そんなこと言ってないわよ……」
「嘘つかないで。鈴木先輩から聞いたよ。二週間前、あんた鈴木先輩に告白したんですってね」
「……え?」
鈴木先輩とは二週間前に告白してきた二個上の先輩だ。
それに、今、なんて言った? 私が告白……?
「鈴木先輩は聞いたらしいわ。あんたは友達付き合いが多くて、恋愛に興味ないと思ってたって。そしたら何よあんた……あたし達のことブスだと見下して、自分を可愛く見せるために利用していただけみたいじゃないッ!」
「……ぇっ?」
「……おかしいとは思ってたんだ。クラスの中心で、あんたみたいにモテる女が私みたいな底カーストにここまで付き合ってくれるなんてこと……」
「ち、違うわ! 私はあなた達のことをそんな風に思っていない! でなければ、私はあなた達とあんなに楽しく過ごしていないでしょ!?」
「それも、全部あなたの策略だったんでしょ?」
「…………な、なんで……なんでそうなるのよ……?」
「……」
「私は本当に! みんなと一緒にいる時間が楽しくて、幸せでっ! ……ッ……ただずっと、側にいて欲しかっただけなのよ!!」
気付けば、感情と共に大粒の涙がこぼれていた。
演技なのではない。心からの、涙の訴えだった。
「……もう、いいよ」
「え」
「もう、終わりにしよう。あたし達」
「なにを言っているの……? いやよ! そんなのッ!」
「––––––あたしさ、鈴木先輩に告られたんだよね」
「……は?」
初めてだったと思う。こんなにも、怒りが爆発しそうになったのは。
「陰で悪口を言われている私に同情していたら、なんか好きになっちゃったみたいでね。だからこそ、先輩は嘘をついていないって思うんだ。––––––だって、あたしのことが好きなら、あたしの大切だった友達を悪く言うなんてあり得ないでしょ?」
「…………」
「ほらね。なにも言えないってことは、やっぱり先輩の言っていたことは本当だったんだ」
違う。言い返せないのではい。あまりにの虚偽暴論に呆れ、言い返す気力もなくなってしまっているだけだ。
「そういうわけだからさ、もうあたし達には関わらないでよね。んじゃ」
雑な別れの挨拶を告げられ、彼女は一切振り抜くことなくこの場を後にした。
それからというもの。私が友達の悪口を言っているという嘘100%の噂話は学年中にも知れ渡り、前までは私の周りに集まってきてくれた人達も自ずと距離を置くようになった。
その結果、私は人生で初めて孤独を知る。地獄だった。まるで自分だけ違う世界に放り込まれているような。
当たり前に続くと思っていた幸せな生活も今は正反対。だからこそギャップが激しく、私への精神的ダメージは凄まじかった。学校に行きたくない、誰とも会いたくない。そんな地獄に1週間の内5回も通わないといけない憂鬱さ。自殺したい人の気持ちが……今なら分かる気がするなぁって思う日々も。
さらに最悪なのは、これが中学校まで続いたこと。
私の家近辺で通える中学校は一つしかなく、その結果、私の通っていた小学校を卒業した大半の生徒は自ずとそこに集約される。
中には受験をして遠く離れた中学校に通う生徒もいるのだが、残念なことに当時精神的に追いやられていた私には、目標に向かって受験勉強をする気力などなかった。だからといって、親に相談することはしなかった。自分の都合で迷惑をかけることはしたくないし、なにより家族に心配をかけたくなかったから。
でも結果的に、その悔やまれる思いが中学の私に火をつけてくれた。
中学受験で叶わなかった思いを、高校受験に全てをぶつけようと。
目指すのはこの日本で偏差値が最も高い『帝学園』一択。
ここを入学出来れば、頭脳も成績も大して良くないあんなバカ達と離れられると思ったからだ。
私は耐えた。耐えて耐えて、耐えまくった。数多くの陰口や罵倒を浴びながら、頑張って、歯を食いしばって、自分を励まして……泥まみれになりながらも、必死に喰らい付いて。
その揺らぎない強い思いは途切れることなく、遂に私は……
私は、計6年間の地獄を経て、無事––––––帝学園の生徒となったのだ。
★
一人は好きだけど、独りは嫌い……という言葉を聞いたことがある。
誰が考えた言葉かは知らないけど、その言葉はズタズタにボロボロに傷づけられた私の心にスーッと優しく溶け込んでいくような感覚を覚えた。
大勢の人達に囲まれていた時期の私がそれを聞いたら、きっと何も響かなかったと思う。
でも、今なら分かる。その言葉の意味が。
知り合いや友達、仲間が多くいることに越したことはないと思う。
でも、今の私にとって重要なのは『数』ではなく『質』だ。
昔の私みたいに多くの友達に囲まれ、順風満帆な生活を送っていたとしても、いざとなったら呆気なく去って行き、他人の関係へと元通り。そんな質の悪い数を多く所持していたって、それじゃあまるで穴の空いたバケツだ。
いくら幸せという水が大量に溢れても、それを受け止めてくれる心の底がなければ所詮は仮そめの関係でしかないのだ。
もう、そんなのはいらない。もう、懲り懲りだ。
––––––だから。神様、どうかお願いします。
友達100人もいりません。たった一人だけでいいんです。
心の底から信じ合える、そんな人を。
私の隣にずっといてくれる、そんな誰かをください!!
––––––。
––––––。
––––––。
私は、もしかしてって思った。
教室内では友達作りのムードで騒がしいなか、クラスのほぼ全員が仲間外れを避けようとし、グループの輪に入ろうと躍起になっているなかで大人しく文庫本を読んでいるグループがそこにはあったから。
類は友を呼ぶという言葉があるように、いくつかのグループに分けられた集団を見てみれば、どことなく似たような雰囲気を持つ者同士が最低3人以上は集まって談笑している。
それに比べて、私のグループはたった2人。
私は思い出した。神様に願っていたことを。
私はスピリチュアルな人間ではないけれど、この時だけはそう感じずにはいられなかった。
だって、私の願っていたピースがそこにはあったんですもの。
このピースが、私の願いである型にぴったりはまるのかは分からない。
このピースを用意した神様が、善なのか悪なのかも分からない。
それを確かめるには、私自身が動くしかなかった。行動するしかなかった。だって、彼……見るからにコミュ障って感じだし。
だから私は自ら接して、お喋りして、自分の目と心で確かめる必要があった。
彼が、私の求めていた人物なのかを。
だからあの時、私は1割の信頼を心の底に置いて、彼に声をかけたんだ。
「林くん。良かったら、一緒にお昼でもどうかしら?」
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