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第六話 男の……こ?
終了のチャイムが鳴った。先ほどまで静かだった廊下も人の話し声で賑やかになる。一限の体育をまるまる休んでしまった俺は二限目の講義授業があるため、ベッドから起き上がり保健室を出ようとした。
すると、俺がドアの取っ手に手をかける前にドアが開かれた。
「あら、林くん〜」
「……黒崎」
「良かったです。ちょうどお迎えに行くところだったんですよ。安静にしていましたか?」
「ま、まぁな……」
「では、せっかくですのでご一緒に教室まで戻りましょう」
「あぁ……」
俺と黒崎は隣同士で歩きながら教室まで戻る。保健室から教室まで少し距離があるため、何か話題を切り込むことにした。
「あのさ、言いたくなかったらいいんだけど……」
「なんでしょう?」
「その口調……キャラ作りでもしているのか?」
「はい」
迷うことなく黒崎ははっきりと答えた。
「だって、こっちの方が大人っぽく見えるでしょう?」
「その発言がもう大人っぽくないよ」
「ああ?」
「ひぃぃぃ!」
怒気がたっぷりと含まれた低い声に怯えてしまう俺。
おーい黒崎さーん。普通にキャラ崩壊してますよー。素が出ちゃってますよー。
俺はこの話題は失敗だったとすぐさま反省し、違う話題を切り出す。
「そ、そういえば! 昨日の夜に開始された超究極クリアした?」
「あ、しましたしました! ちょうどキャラも揃っていましたし、2回目でクリアできました!」
「おー! さすがだな! 俺は5回目でクリアしたな。フレンドに適性キャラいなくて大変だったよ」
「てことは、一体潰しの編成でクリアしたってこと? すごいじゃないですか〜! てか、それなら私に言ってくれればフレンド設定変えましたのに」
「いや、俺黒崎の連絡先知らないし」
「あ、そうでしたね。じゃあ、後で交換しましょうか」
「え、いいのか?」
「はい。林くんとはこうしてゲーム仲間ですし。クリアできないクエストがあったらマルチでもやりましょうよ」
「そっか。そうだな。分かった、交換しよう」
教室に着いてからチャットアプリにて連絡先を交換することにした。
今後は、もしかしたらゲームのことで連絡をし合うことが増えるのかもしれないな。
そこから俺達はゲームの話に話題の漫画やアニメといったジャンルで盛り上がりながら教室へと無事着いた。
黒崎とのこの時間は嫌いじゃなかった。むしろ好きだった。
これまで自分の趣味を誰かと打ち解け合う機会などなかったから余計にだ。
アリアとはまた違う幸せが、確かにそこにはあったのだ。
★
「……浮気?」
「え、なに?」
体育が終わっての休み時間。自分の座席で仮眠しようとしたタイミングで隣の席のアリアがそんなことを言い出す。
氷のように冷たい鋭い眼差しは、見ているものを震えただす。
この時、アリアが何を言っているのか理解できなかったが、次のセリフでそれが何を指摘しているのかすぐに理解する。
「さっき帰り道で、あなたが女の子と仲良さそうに歩いているのを見たわ」
さっき……という事は、俺と黒崎が一緒に歩いていたことを指しているに違いない。それをアリアが知っているということは、俺達の後ろを歩いていたのだろうか。全然気づかなかった……。え、なんだか急に怖くなってきた。
「待て待て! 俺と黒崎はそんな関係じゃなくて、ただの趣味友みたいなものだから。断じてそんな関係じゃないから!」
……ってか、浮気ってなんだよ。俺とアリアはまだそういう関係に至っていないだろうに。
俺が弁明していると、アリアはふてくされたように視線を逸らしながら、呟いた。
「私とも仲良くしなさいよ……」
頬を朱色に染めながら。
「ごめん、なんて? よく聞こえなかった」
「〜〜〜ッ!! 何も言ってない! 早く死になさいって言ったのよ!」
「言ってるじゃねぇか! てか、何恐ろしいことを呟いているんですかあなたは!!」
全く。こっちは本当に聞こえなかったから聞き返しただけなのに。ひどいったらありゃしないわ!
何故かオネエ口調で文句を垂らす俺だったが、アリアの雰囲気からして冗談で言っている事ぐらいは理解していた。
アリアは少しだけ気を落ち着かせると、視線をこちらに戻して問う。
「……それより、体の方は大丈夫なの?」
「ああ。保健室の先生からはしばらく体育は休むように言われた。応急処置として湿布を貼ってもらって、あとは治るまで安静って感じだな」
「そんなにひどいの……!?」
「いやいや、そんな大したことないって。日常生活に支障はないし、ただ激しい運動ができないだけ。2週間もあればすぐに治るさ」
「絶対に、無茶はしないでよ?」
「分かってるよ」
アリアがかなり心配そうに見つめてくるのでどうしたものかと考えるものの、結局俺には強がりを見せることしかできなかった。
傷の件は俺の自業自得によるものだからアリアが責任を負う必要はないのだけれど、これはアリアの優しさという事で受け止めておく。
ここまで俺の心配をしてくれるのは、それだけ俺のことを大事に想ってくれる裏返しでもあると思うから。
「あ、あのぉ……」
「「ん?」」
突如、俺達の前に現れた一人の美少女。……と、見間違えてしまうほどに小柄で顔の小さい、童顔の少年が声をかけてきた。顔の骨格を覆うほどに伸びた癖っ毛のある茶髪は小動物みたいで愛くるしい。
「お前は……」
その子は、さっきバレーボールで俺と同じチームの人だった。
体育で初めて見た時に女の子と素で間違えてしまったけど、無事今回も見間違えてしまう。
「……林くん、だよね? 僕のこと覚えているかな? さっき、一緒のチームだったんだけど……」
人と話すのが恥ずかしいのか、顔を真っ赤に染め、手をもじもじといじりだす。え、かわいい。
「お、おお! もちろん覚えているぞ!」
「ほ、ほんとに!? 良かったぁ〜。林くん途中で保健室に連れて行かれちゃったから心配したんだよ?」
「お、おお! そうかそうか。俺は平気だ。問題ナッシング!」
まさか、一回同じチームを組んだだけの関係なのにここまで心配してくれるとはな。なんて優しい子なのだろう。その優しさに溢れた温かい眼差しに見つめられたのでこちらも見つめ返してみれば、女の子ようにクリクリとしたパッチリ二重に長いまつげをしている。
でも、あれ、おっかしいな。この子は男なんだよね? 女の子じゃないんだよね? 俺の目がおかしいのか? 女の子にしか見えなくなってきた!(錯乱)
「それはよかった。今度、また一緒に……チームを組んでくれるかな?」
「もちろんだ! むしろ組んでくれ。えっと……」
「あっ、ごめんね! 僕の名前は『神林千尋(かみばやしちひろ)』っていうの。これから仲良くしてくれると……嬉しいなぁ」
「仲良くします。全力で(キリッ)」
くぅぅぅぅぅ!! なんだこの可愛い生き物は!! これまで出会ってきた女子の中で一番……いや一番はアリアだけど、それにも劣らない魅力を秘めている!! まるで、二次元のヒロインが画面から出てきたような異次元の可愛さがそこにはある! あれ!? なんで俺は女子と比較をしているんだっけ!?
「……浮気?」
「なんでだよ」
俺が目の前にいる二次元ヒロインに内心興奮していると、隣からラスボスを一撃で殺せるほどの冷たい刃が向けられた。
「別に? 可愛い女の子と楽しくお喋りができてよかったわね」
氷の女王みたいに冷たい態度を取るアリアに対し、神林は言う。
「……ぼく、男の子なんだけどなぁ……」
「「………………えええっ!?」」
俺とアリアはリアクション芸人みたいに驚く。
すると、神林は俺の腕をポカポカと叩いてきた。えへへ、可愛い。
「もぉ! 林くんはさっき一緒のチームだったから知っているでしょ!? なんでそんなに驚くの!?」
「え、いやっ、だって、あれ……? ええぇ!?」
……おっかしいなぁ〜。さっきまで女の子と接していた気がしたんだがな。
しかしよく見れば、男性用の制服を着ている。一目見ればすぐに性別がわかるであろう事なのに、どうして俺は女の子と接している気分になっていたんだ……。
「私、てっきり男装をしている女の子かと思ったわ……」
まるで俺の疑問に対し答弁してくれたアリア。その答えは、まさしく納得の一言だった。
「もぉ、赤坂さんまで〜……」
プンプンと怒っている様子を見せる神林。なんてことだ。怒っている姿も可愛いではないか。頭をなでなでした後に、優しく抱きしめたくなる気持ちにかられてしまう。
キーンコーンカーンコーン。
「あっ、チャイムが鳴っちゃった。じゃあ、またあとでね! 林くん、赤坂さん」
「はいよ」
「ええ。また」
互いに小さく手を振り合って、神林は自分の席へと戻って行った。
心がくすぐられる変な余韻だけを残して……。
「なぁ、アリア」
「なにかしら?」
「同性婚もありだと思わないか?」
デュクシ––––––。手刀が脇腹に突き刺さる。
「ぐぅおぉぉぉぉぉぉぉぉ相変わらずケガ人にも容赦ないぃぃぃぃぃぃ!!」
「……あなたには私がいるでしょ。おバカっ」
アリアが窓の外を見つめながら何か呟いた気がするが、今はそれどころではない俺なのだった。
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