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渋谷の魔法
「拓、あたしね、あの日、実はね」
5年ぶりに渋谷に降りた、出張の日のことを話した。
「どこ行っても、拓のこと思い出しちゃってたの。あたし、引きずってるんだなって…否応なしに思わされちゃって。久しぶりの渋谷だった、ってのはあると思うんだけど」
「思い出に勝てるもんはないからなぁ」
「でね、拓と行ったことのない場所に、わざと行ったりして」
「渋谷、かなり変わったからな」
「でしょ、でも、最後に寄ったカフェで」
言いかけたら拓が
「まさかの再会、まじでびっくり」
「うん、もしも会えたら、渋谷の魔法だな、って思ってたの」
「渋谷の魔法かぁ」
もしもあのとき、思い出のカフェに行かなかったら。
拓との再会は、なかったのかな。
「きっとどっかで会えてたよ、そんな気ぃする」
「それって、いつだったのかな、あの日じゃなかったら」
「あやがコッチ帰ってきて、今日行ったパン屋だったかもしんないし」
「それはそれで、もっとびっくりしてたね」
拓に後ろから抱きしめられて、ゆらゆらしてるのが、心地いい。
「あ、あや、明細見とく?」
「え、明細?」
「今後のために」
「なんか、いきなり現実、まだふわふわしてたいのに」
「なら、そのうちな。俺はあやんちに挨拶行くのまで考えてっから」
ぎゅ、って、抱きしめなおされた。
「…挨拶?」
「そ。もうあやと離れるのなんてやだからな」
うなじのあたりに、拓の唇感じる。
「ずーっと、あやと一緒にいたい」
「我儘言うかもしれないし、ケンカするかもしれないよ、それでも?」
「それは、お互いさま」
「…そうだね」
付き合うって、そうだよね、楽しいことばっかりじゃない。
好きっていう気持ちだけで乗り越えられないこともあるし…
「あや、また転勤ってあんの?」
「すぐにはないと思う、本社に来れたし。あたしがなにかやらかさない限り、しばらくないかな」
「可能性としては、あるってことか」
後ろで、拓が小さくため息ついたのがわかる。
「遠恋でダメんなったからさ、距離が怖い、俺は」
「大丈夫、とは言い切れないけど、あの頃のあたしたちとは違うよ」
あたしは仙台の5年間で鍛えられた。
「離れた分、いまはすっごく近くにいるよ」
「だな、ん、これ以上離れないように、早いとこ挨拶行けるようにする」
「挨拶って、拓?」
振り向いたらまた、拓の唇…
「もうっ、拓ったら」
「いままで待って、ガマンしてた分、まだ足んない」
ドキドキ…止まんない。
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