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最終話-拓と咲彩♡
「なんか変な感じ」
「ふたりじゃないから?」
「うん、あたしたちだけの思い出だったのが、こんなふうにどんどんページが増えてくっていうか…塗り替えられてくっていうか」
「もう、すっかり、俺らの中心だもんな」
「うん」
すやすや眠る娘のほほに、拓がそっと触れた。
「もうさ、子どものいない俺らなんて、想像つかなくない?」
「そうね、ほんと。こんなに大切な存在になるってこと、産むまでわかんなかった」
「子どもって、いろんなこと教えてくれるよなぁ」
ふたりで娘の寝顔を見ていたら
「お待たせしました、どうぞごゆっくり、こちらサービスです」
紅茶とアップルパイのほかに、おいしそうなクッキー。
「え、そんな、すみません」
ふたりで頭を下げたら
「少しですけど、お祝いです。お見えにならないなと思ってたら…」
娘を見て、にっこり笑い
「おめでとうございます。ご家族増えたんですね」
「え、覚えててくださってるんですか、うれしいです」
「もちろん、覚えてますよ、よくおふたりで来てくださって、ありがとうございます。ねんねのうちに、ごゆっくり」
学生時代のあたしたちのことも覚えてるのかな、と思いながら、紅茶をいただく。
「…おいしい、ほっとする」
「あのさ、あや」
「ん?」
「子育て大変だけど、今みたく出かけたりしてさ、無理しないで頼ってな」
「うん、ありがと、拓。めっちゃ頼りにしてるよ」
5年前のあの日、あたしが渋谷に出張にならなかったら。
このカフェに寄らずに、仙台に戻ってたら。
拓には、再会してなかったかもしれない。
そしたら、この子にも…会えなかった。
そう思うと、あの日にこのカフェに寄ったことも、拓に会えたことも、渋谷の魔法が起こしてくれた奇跡に感じる。
どうしよう、泣きそう。
「あや?」
向かい側にいる拓が、あたしの顔をのぞき込む。
「なんか…ちょっと感動しちゃって」
「どした?」
「うん…」
さっき思ったことを拓に話すと
「すげぇわかる。渋谷の魔法な、まじ感謝」
拓、両手を合わせて拝んでる。
「引き合わせだよな、あんとき、俺もあやも同じ時間にここ寄ったのって」
「まさか、ってびっくりしたもんね」
「そうそう、でっかい声出そうになったの、こらえたもん」
「そうだったよね」
アップルパイを食べながら、あの日のことを思い出す。
「幸せだよな、俺、もっとがんばんないと」
「がんばれ拓、応援してる」
「あやの応援最強だな」
「まかせて」
「さんきゅ、あ」
「やっぱり」
拓と話してて、なんとなく視線を感じるなーと思ってたら、娘が目覚めてた。
「おはよ、よく寝てたな」
拓が、娘のほほを、つん、ってしたら、ニコッと笑う。
「かわいいなー」
「ほんっとだよな」
熱出したり寝ぐずりしたり、子どもを育てるのは大変だけど、寝顔と笑顔は、最高の癒し。
娘の笑顔をスマホにおさめて、カフェをあとにする。
「拓」
「ん?」
「ありがと」
バギーを押す拓の手に触れたら
「俺も。あやありがと」
拓がふと立ち止まる。
どうしたのかな、と拓を見上げると
拓はあたしの額に、柔らかなキスをひとつくれた。
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